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□リング・ウィング
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【プロローグ】

「お電話ありがとうございます。お悩み相談室リング・ウイングです」
 美しい鈴の音のような快活な声で、担当の少女は電話に応対する。
 時刻は夜七時を丁度過ぎた辺り。この時間帯は、帰宅してからゆっくり出来る時間のためか学生達の相談が多くなっている。
『あの、相談があるんですが、訊いてもらってもいいですか?』
 電話から聴こえる逡巡している様子の声は若い男性の印象を受ける。やはり、今回の相談者もまた、学生なのだろう。
「はい、当店はお悩み相談をモットーにしておりますので、どのような相談も承っております」
 電話相談のため顔が見えるわけではないが、にこりと安心させるように笑って見せる。
 リング・ウイングは周囲には話せないお悩みを口に出すことで、お客様の心を少しでも軽くして差し上げようというのが基本理念である。そうした気持ちが伝わったのか、相談相手は先程よりも落ち着いた調子で話し始めた。
『あ〜、その実はですね、俺、今好きな人がいまして』
「切っていいですか?」
『ここはこういった相談がメインの相談室じゃなかったのかっ!?』
 担当のあまりな対応に素の驚愕の声を上げる相談者。
(しまった。リア中発言につい本音がポロリと漏れてしまった)
「すみません。咄嗟でしたので、つい本音が漏れてしまい」
『本音ですか』
 全く悪びれた様子のない少女。
 スピーカーから聴こえる声はどこか疲れたようにも受け取れるが、勘違いだと自己完結する。色恋の話をする相談者の気持ちなど知ったことはないと、働く者として不適切なことを考える。
「度々すみませんが、ご相談の前にお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
 それでも一応仕事ではあるため、マニュアルに準じて話を進めていく。
『わかりました』
 悩み相談だと匿名を希望する相談者も多いが、今回の相談者は特にそういったことに頓着がないようだった。躊躇なく名前を告げられる。
『道長叶《みちながかなえ》です』
「……叶?」
 どこかで訊いたことのある名前に一瞬、間が空く。
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