本気
□竜崎探偵の事件簿B
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夜神総一郎は、実直な男だ。
帝国軍人として都の治安に勤め、誠実な仕事ぶりで上層部からの評価は高い。
一方で、情に厚い人柄は、部下からも強い信頼を集めている。
勿論、彼自身の、皆の期待に応えたい気持ちと、己の任務に感じるやり甲斐は、そうした人望を得るに相応しいものと言える。
「殺人ですよ」
出勤するなり、そう言ってのける者がいた。
部下の松田だ。
まだ若輩で、悪い人間ではないが、少々配慮に欠けるところがある。
「松田、まずは挨拶の一つもしたらどうだ。」
そう言って、嗜めたのは同じく部下の相沢。
眉間に皺を寄せた総一郎の様子に気付いて、松田は慌てて「あっ、おはようございます」と言った。
とは言え、総一郎は松田にそこまでの嫌悪があったわけではない。
ただ、総一郎は殺しが好きではない。
いや、殺しが好きな人間などそうそういないだろうが、彼は殊更にそのことを憂え、嘆く。
「どこだ」
「はあ、それが…そこそこ名の知れた華族の屋敷なんすけど」
松田の煮え切らない口調に、総一郎は沈黙で先を促した。
「通報をしてきたのが、月君なんすよ」
「皆から話を聞くべきだと思う」
僕の言葉に、竜崎はやる気のない顔を向けた。
いつもの座り方で、首をこれでもかと言うくらい、傾ける。
先刻から、ずっとこの調子だ。
「嫌ですよ…だって夜神君、軍部に連絡してしまったのでしょう?」
「無論、したとも。」
「私が気張って聞き込みをしたところで、どうせ後から夜神さんたちが来て全部解決してしまうのですから…やる気が出ませんよ」
そう言って、また向こうを向いてしまうのだから、どうしようもない。
「竜崎、僕は確かに軍に連絡をしたが、それは後から僕や君が不利な立場にならない為だ。事件を解決するには、君の力も必要なのだよ」
「"も"、ですか…」
僕の真摯な説得に、竜崎は目を細めてため息を吐いた。
「時に、夜神くん」
「うん」
「昨日の夜は、海砂さんと一緒に居ましたね」
こうしてすぐに話が変わるのは、癖なのか意図的なのか。
「確かにそうだが…」
「一晩中一緒に居たのですか」
内心苛々しながら、勿体ぶった質問に答える。
「そうだから何だと言うのだ?言っておくが、君が思っている様な事は…」
「では二人ともアリバイが有るという事ですね」
ついと放たれた一言に僕は絶句した。
「…何だ、そういう事か」
「美枝郎君もシロでしょう、私が一緒でしたから」
まあ、と、有らぬ方向を見て竜崎は思案する。
「それとて、ずっと一緒だったわけではないのですけれど」