本気

□竜崎探偵の事件簿@
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アブラゼミがかまびすしく鳴く緩い石段を、僕の影がじっとりと歩く。


汗ばんだ髪を掻き上げるついでに空を見れば、絵に描いたような入道雲に出くわした。




暑い。


午前中の涼しいうちに訪れるつもりであったが、いろいろと野暮用にとらわれるうち、目的の場所に着く頃にはお天道様が一番高いところまで来てしまっていた。


まあ、どうしても来なければならないわけではなかったのだけれど。


苦笑し、僕は最後の一段を登りきる。



するともうそこには、彼の家の門扉が、すまし顔でたたずんでいた。














 」




そう書かれた木板の横の扉を開け、僕は声を張った。

「ごめんするよ」


間もなく、玄関の扉が開き、温和な風貌の老人が姿を現す。


「これは、夜神殿。暑い中ご苦労様です」

「いや。渡さん、彼はいるかい?」

「おりますとも。」

「良かった。連絡もなしに来たから、追い返されるかと思ったよ」



家のなかに招かれ、ようやくうだるような日差しから解放される。



涼しい空気がどこか埃臭いのは、そこかしこに積み上げられた古い書物によるものに違いない。






「竜崎、夜神殿がいらっしゃいました」


探偵事務所というには趣のありすぎるその家の、一番奥の座敷に彼はいる。


いつものように、着物を丁寧に膝の下に折畳み、腰を浮かせた独特の座り方で、甘味にありついているところだった。


「これは、夜神くん。暑い中ご苦労さまです」

至って涼しげな表情。

入ってみてわかったが、この部屋は特に風通しがいいらしい。



「全く今年の夏は暑いよ」

軽い荷物を下ろし、向かいの座に腰を据える。

「もっと早く来るつもりだったが、粧裕の買い物に付き合わされてね。面倒な年ごろになったものだ」


「そうですか。」

ふんふんと短く相槌を打ち、小豆をあしらった餅に串を刺す。

「ちょうど今、新しい依頼が入ったところでした」

「へえ、どんなだい?」

「お偉い軍人の息子さんのお目にかなうかどうか…」

言って、竜崎は一枚の紙片を摘み上げ、僕に渡した。

「確かに父は軍人だが、僕は君の手懸ける事件にこそ興味があるんだよ」


言いながら、手渡されたものに目を通す。






依頼人は、春という女性。
とある名家の使用人で、最近の家内の険悪な空気に、原因追求と除去を求めているとのことだ。



「驚いたな」
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