鋼の錬金術師
□act.6 雨中の攻防
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「マスタング……国家錬金術師の?」
グレイとエドが移動する間に、大佐の名前に反応した傷の男が問う。国家錬金術師をターゲットにしているだけあって、資格者の名前は頭に入っているらしい。その人数は少なくないだろうに、よく覚えたものだ。
「いかにも!焔の錬金術師、ロイ・マスタングだ!」
その堂々とした肯定の言葉を聞いた男の口は、僅かに弧を描いた。
その場の誰しもが、本能的に危険を感じ取れる程の、愉悦と怒りが混じりあった表情。自分との戦闘の時には見せなかったその顔に、グレイはまた違った緊張感を覚える。
「神の道に背きし者が、裁きを受けに自ら出向いてくるとは――」
破壊の力を宿す右手の関節が、獲物を前に待ちきれないと牙を剥くように音を鳴らす。
「――今日はなんと佳き日よ!!」
浮かべた感情をそのままに走り出した傷の男を迎え撃つべく、大佐も手袋を填めた右手を構える。
「私を焔の錬金術師と知って尚戦いを挑むか!!愚か者め!!」
鋭い視線を交差させ、両者が激突しようとした時。中尉が突然、何かに気付いたように素早く動いた。
「大――」
言うよりも早く、大佐に足払いを掛けたのだ。
「おうっ!?」
バランスを崩した大佐が後ろに仰け反るように転び、火が出るはずの手袋からは小さな煙が情けなく上がる。その頭上、丁度先程まで頭があった場所を、傷の男の右腕が通過した。風を切る音が、そのスピードを物語る。
その腕が再び大佐に向けられる前に、中尉は手にしていた2丁の銃を構えると、傷の男めがけて連射した。標的に当たることはなかったが、それでも遠ざけることには成功する。
「いきなり何をするんだ君は!!」
味方からの予期せぬ不意打ちで無様に尻餅をつく羽目になった大佐は、訳が分からないといったように中尉に怒鳴る。訳が分からないのは一部始終を見ていたグレイも同じことで、中尉のまさかの行動にぽかんとしていた。しかし一方、中尉は冷静である。
「雨の日は無能なんですから下がっててください大佐!」
バシッといい放つと、彼女は替えの弾倉を装填した。
「あ、そうか。こう湿ってちゃ火花出せないよな」
ハボック少尉の一言を聞いて漸く部下の行動の意味を理解した大佐は、無能という単語にショックを受けたらしい。地面に手を着くと項垂れてしまった。大切な手袋が水溜まりの水を吸って変色する。
しかし、大佐の錬金術の仕組みを全く知らないグレイは、この流れにも置いてけぼりである。傍らに立つ少尉に簡単に教えて貰い、やっと一連の流れの意味を理解した。
「それじゃ、あの手袋が水に浸かった今、大佐は無能の極みってことですか」
「まあ、そういうことだな」
交わされる失礼極まりない会話は、幸い本人の耳には届いていない。もし届いていたなら、大佐は項垂れる程度では済まなかったに違いない。倒れ込む位のことは軽くやって見せただろう。
そんな彼らの横を、1人の軍人が重い足音と共に颯爽と通り抜けていった。
「わざわざ出向いてきた上に炎が出せぬとは好都合この上ない。国家錬金術師!そして我が使命を邪魔する者!この場の全員滅ぼす!!」
そう言い放った傷の男に大きな影が迫る。
「やってみるがよい」
その足音と同じ位重々しい声を聞いた瞬間、傷の男は瞬時に1人分横に身を躱す。その横を掠めるように叩き込まれた大きな拳は、常人では有り得ない破壊力を見せつけるかのように背後の壁にめり込んだ。