鋼の錬金術師
□act.13 悪魔の研究
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「ふっ……ざけんな!!」
図書館の一室から声が響き渡ったのは、閉館時間も迫る夕暮れ時のことだ。それは部屋唯一の窓をびりびりと震わせんばかりの怒気を含んでいて、空はそれに応えるように刻々と朱に染まっていった。
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それから数日。ホテルの部屋に閉じこもり続ける兄弟を見続けていたグレイは、意を決して二人を見舞うことにした。
――会いに行くなとも何とも言われなかったし
エルリック兄弟が真相を掴んだらしいということは、既に大総統に報告していた。それを聞いた相手の反応をそっくりそのまま反復するならば、「ふむ……そうか。では、そのまま任務を継続するように」 というなんとも無関心なもので、それ以外には世間話も仕事の話も、さらに念を押すなら言外に何かを言われている雰囲気も微塵もなかったのだ。
ホテルの入り口に立つと、グレイは大きく一度、深呼吸した。
ここからの行動は単純明快だ。ロビーを抜けて階段を上り、最上階の廊下を右に折れると、兄弟が泊まる部屋が見えてくる。あとは何も知らない体で兄弟の話を聞き、適当に励ませばいい。
そう、適当に。
――その適当が難しいんだよなぁ……
これまでにも何度か訪れたことのある、どうと言うこともないホテルのなんてことのない部屋なのだが、事情を覗き見していたグレイにしてみれば空気が淀んで見える。
――重いし暗いし……どうすればいいんだ
見舞いと称しておきながら、この状況を打開する方法がさっぱりわからなかった。
別に、この状況に出会うのが初めてという訳ではない。
こんな時の対応は、関わらないのが基本だった。誰が泣こうが喚こうが、いっそ死のうが、不運でしたねご愁傷さまでした、で済ませてきたと言ってもいい。
例外は、ほんの少し前。降りしきる雨の中、時計塔のある広場。重く暗い、あの時空を覆いつくしていた雨雲と同じような空気を纏って座り込んでいたのは、今と同じくエルリック兄弟だった。
――あの時は、何故だかすんなり言葉が出たんだよなぁ
かと言って今回も同じく言葉が出るとは思えず、グレイは頭を捻った。いっそ見舞いなどやめて帰ろうという選択肢を、慌てて却下する作業は何度目だろうか。
はぁ、と思わず零れた溜息と共に視線を足元に移すと、そこが暗く陰った。
「……?あ、すみません」
どうやらロビーに入りたい客が現れたらしい。入り口を前に立ち尽くすグレイは、その客にとって邪魔でしかない。
慌てて謝罪し振り返った彼は、次の瞬間目の前を覆いつくした青に驚き、その視線を上方に移動させて顔を僅かに引き攣らせた。
「お久し振りです、アームストロング少佐」
「久しいなクラウド伍長。こんなところで何をしておるのだ?研修は順調か?」
ぽんぽん、と投げられた質問に、エルリック兄弟の様子を見に来たという事実と、研修は順調で、今は空き時間であるという嘘を返す。
「ふむ。吾輩も丁度、彼らの見舞いに来たところなのだ。最近は図書館にも行かずに部屋に閉じこもっておると報告を受けていてな」
「そうなんですか」
実際は閉じこもっていることも、その原因も察しているグレイだったが、ここは心配顔を作って受け流す。
それと同時に、一つ期待が生まれた。少佐にくっついて行けば、やたら深刻な雰囲気にはならずに、どさくさに紛れて訪問できるのではないかという期待が。
時折常識を外れて暑苦しいという少佐の個性を、実は少し苦手としていたグレイだったが、今利用しない手はない。悩み始めて体感30分、実際は3分弱、グレイはようやくロビーへと入ることが出来た。
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