鋼の錬金術師

□act.10 見送りの言葉
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リゼンブールに滞在してきっかり3日目。超特急で進められた作業は、ピナコの宣言通り無事終了していた。今はエドが機械鎧を装備している真っ最中である。

その間にグレイと少佐は、修理という名の錬成の下準備の為に、アルとその破片を庭に運び出していた。

「よっこいしょっと……」

広げた布の上にもげた腕と足を乗せると、いかにばらばらに破壊されたかよく分かる。それと同時に蘇る、あの日のピリピリとした緊張感。

――あの時は大変だったなぁ……

傷の男の恐ろしさを再認識させられる一方で、グレイはしみじみ思う。ただその後にちゃっかり、

――濡れるし疲れるし仕事増えるし

と付け足すあたりは、喉元過ぎればなんとやら、なのかも知れないが。

「これで大体全部か」

「はい。後は細かい破片が木箱にあったんで、今から持ってきます」

背後から聞こえた問いに振り返りながら答えると、「うむ」 と返事が返ってくる。アルに肩を貸しながらゆっくりこちらに歩いてきた少佐は、グレイと同じ様にしみじみと鎧の残骸を見て、にっこりと笑った。

「これでやっと元通りになるな、アルフォンス・エルリック!」

「はい!」

もうすぐ五体満足になると思うと嬉しいのだろう。その声は普段より幾分か弾んでいた。文字通りの鉄仮面も、心なしか笑っているように見える。

「ホントにご迷惑お掛け――」

「でっ!!」

言いかけた感謝の言葉は、奇声のお陰で尻切れトンボになってしまった。何の前触れもなく発せられたエドの悲鳴は、のどかな空気をぶち壊しにして響き渡る。

向こうでのんびり寝そべっていたデンがびくっと頭を起こし、グレイを始めとした3人は皆驚いて声のした方――診療所に目を向けた。が、うち2人はすぐに大したことではないと気付き、やれやれといった様子で視線を戻す。

「一体何事なのだ?」

「今、エドに機械鎧が装備されたんですよ」

唯一悲鳴の理由がよく分かっていない少佐に、グレイが説明する。

「神経繋ぐ瞬間って、かなり痛いんですよね」

そう言いながら自分もその痛みを思い出し、右肩に手をやって苦笑した。何度経験しても、痛みというものは慣れるものではない。思い出しただけでなんだかぞわっとしたのだ。

「そうなのか。機械鎧というものは大変なのだな」

納得した様子の少佐に笑って返すと、グレイは残った破片を取りに行くべく診療所へ足を向ける。玄関へと続く階段に足を掛けたところで、ウィンリィの怒声が響いた。

「……って聞きなさいよあんたは!!!!」

再びデンがびくっとして固まったのを視界の隅に捉えながら、グレイも同じく足を止める。それと同時に扉が勢いよく開き、中からエドが飛び出して来た。その顔には、小言は聞きたくない、と言わんばかりの表情が浮かんでいる。

「完全復活だね」

こちらに気付いて立ち止まったエドを見上げて言うと、少年は 「おう!絶好調だぜ!」 と嬉しそうに笑い、新しい右腕をぐるぐる回して見せた。その勢いは肩が外れるんじゃないかと思う程で、また壊さないだろうかとなんとなく心配になる。

思わず苦笑を浮かべた彼の心境を知ってか知らずか、エドは久し振りの足の感覚を確かめるかのように、今度は階段を一段飛ばしで下りてきた。

その行動を見る限り大分上機嫌に見えたのだが、グレイのすぐ横にぽんっと着地すると同時に、その表情はスッと変わる。

「俺達の昔話」

ちらりと横目で見上げてくるその視線は真剣そのもので、先程までの砕けた雰囲気は微塵も残っていない。こういう場面になると必ず彼が見せる逃げようのない真っ直ぐさに、グレイは何度目かの息苦しさを覚えた。

逃げさせない言葉選びも、こちらを一直線に射抜く金色の双眸も、何もかもが苦手だと思わせる。

「……うん、聞いた」

一度合ってしまった視線を逸らすことも出来ずにそれだけ答えると、エドは少々つまらなそうに口を尖らせた。

「本当は俺からも話したかったんだけどなぁ」

「え、いや、その……ごめん」

「それはアルに文句を言ってくれ」 という言葉をすんでで飲み込み、取り敢えず謝る。理由は単純、その方が会話を早く切り上げられるような気がしたからだ。

しかしその思惑とは裏腹に、会話は思わぬ方向に転がっていく。

「でもまぁ……これで距離が縮まるなら良しとすっか」

「え?」

完全に想定外だったその一言に、グレイの口からは思わず間抜けな声が漏れた。その声にふさわしい表情で呆気にとられる彼を見上げたエドは、悪戯小僧よろしくニッと笑う。

「歩み寄るなら自分から。お前もそう思うだろ?」

そう言うが否や、「アルお待たせー」 と弟の元へ走って行くその後ろ姿を見送るグレイは、無意識のうちに癖っ毛が跳ねる頭を掻いた。

目を細め、口元を歪めるその様は、傍から見れば困っているようにも見える。しかし実際のところ、彼の心境はさらに複雑を極めていた。


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