鋼の錬金術師
□act.6 雨中の攻防
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「そこまでだ」
静かな、それでいて有無を言わせない声音に、傷の男とグレイは動きを止めてそちらを見る。そこには、微かに煙を上げる銃口を空に向けた大佐が立っていた。彼の後ろにはハボック少尉やホークアイ中尉を始め、憲兵達が武器を手に待機している。
「危ないところだったな、鋼の。それと――」
ここで大佐はグレイに向けて、どうしてここに居るのだ、とでも言いたげな表情を浮かべた。家で大人しくしている筈の人間が、銃を手に殺人鬼とやりあっていたのだ。疑問に思うのも無理はない。しかし。
「大佐!こいつは――」
その疑問を口に出す前にエドの声に遮られ、大佐は出かかった言葉を飲み込んでそちらを見た。グレイも視線を傷の男へ戻す。
男の視線は2人目の邪魔者に向いたままだが、そこには一分の隙もなかった。この乱入に乗じた不意打ちは無理そうだと判断したグレイは、いつの間にか詰めていた息を少し吐き出す。銃口は下に向け、1丁はホルスターに戻した。
「その男は一連の国家錬金術師殺しの容疑者……だったが、この状況から見て確実になったな」
大佐の口調は殺人鬼を前にしても落ち着いている。その落ち着きが、確かな実力に裏打ちされたものだと察しているのだろう。傷の男は行動を起こさず、立っているだけだ。
その様子を見た大佐は、プレッシャーを掛けるように一拍置いてからゆっくりと口を開く。
「タッカー邸の殺害事件も貴様の犯行だな?」
一瞬の沈黙の後、真っ先に反応したのはエドだった。驚きの表情を浮かべた次の瞬間には、怒りを込めて男を睨む。アルは表情こそ無いものの、身体を支える両手が地を掴もうとするかのように拳を作り、小刻みに震えていた。グレイの銃を握る手にも、僅かに力が入る。
しかし傷の男は、動揺することもなく、真っ直ぐに大佐を見据えた。
「……錬金術師とは、元来あるべき姿の物を異形へと変成するもの……それすなわち万物の創造主たる神への冒涜」
それは遠回しな肯定。その一言が発せられると同時に、彼の破壊の右腕に力が込められる。
「我は神の代行者として裁きをくだす者なり!」
小指から順に折り込んで作られた拳は、骨と血管が浮き出ていた。その表情と動作には、彼が口にした信仰に由来する使命感とは全く別の、激しい感情が込められているように見える。
その違和感と、自分の仮説と男の発言の間に生じた矛盾に、グレイは怪訝そうな表情を浮かべたが、口を出すような真似はしなかった。
「それがわからない。世の中に錬金術師は数多いるが、国家資格を持つ者ばかりを狙うというのはどういうことだ?」
「……どうあっても邪魔をすると言うのならば、貴様も排除するのみだ」
大佐の問いに対して噛み合わない答えを返す傷の男は、理由を話す気が全く無いようだ。その頑なな意志が伝わったのか、大佐の目がすっと鋭くなる。
「……面白い!」
そう言うが早いが、手にしていた銃を傍らに控えるホークアイ中尉に投げ渡すと、懐から取り出した白い手袋を両手に填める。
「マスタング大佐!」
中尉が面白くも何ともないまさかの展開に困惑して叫ぶが、呼ばれた本人は 「お前達は手を出すな」 と言うだけで止まる気配を見せない。
その流れを見たグレイは、巻き込まれては敵わないと、急いで背後にいたエドを助け起こした。威力は駅で確認済み、うっかり丸焦げなりました、など洒落にならない。
エドは弟が気掛かりなようだったが、「倉庫の影なら大丈夫だ」 と声を掛け、ハボック少尉の元まで素早く下がった。