鋼の錬金術師

□act.5 破壊する者
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窓が1つも無い薄暗い部屋。地下に位置するのか空気は少し湿っぽく、辺りには鉄の臭いが濃く漂う。それは湿度も相まって、慣れない者なら吐き気がする程不快なものになっていた。

その中心に位置する床には複雑な模様を持った円が描かれており、赤黒い液体に染まっている。そこには鈍く光を反射する金属の塊が置かれていた。

部屋の中では白衣を着た研究者が数名歩き回り、それに紛れて何人か青い軍服の姿もある。ここにいる誰しもが、これから行われる実験とその成功を待ち望んでいた。

やがて軋んだ音をたてて扉が開き、がたいの良い男がのっそりと現れる。彼が手にした鎖によって引き摺られるように連れてこられたのは、痩せて傷だらけの子供だった。手足に着けられた拘束具が、小さな金属音を奏でる。

そのまま陣の中心に放り出された子供は、最早抵抗する体力が残っていないのか、それとも諦めてしまったのか動こうとしない。ただぐったりと床に転がっているだけだった。

「こいつは成功するかな?それとも――」

"失敗かな?"

準備をする研究者が小さな声で話している。囁くように言った彼の視線の先にあるのは、隣接する小部屋に投げ込まれた死体の山。円の中心から小部屋へ、真っ直ぐ赤い線を残した失敗作達は、金属片と混ざり合い、辛うじて元は人間だったとわかる。

そんな会話が耳に届いたのか、子供は僅かに顔を上げた。この薄暗い部屋に溶け込むような暗い瞳が伸びた前髪の間から覗き、死体の山をただただ見つめる。

やがて2人の医師が錬成陣へと近付いてきた。一方は小柄で白髪交じり、もう一方は肌が浅黒い。この世界の登場人物の中で、彼らは特に印象的に映った。

「……そろそろだ」

暗い声で促す相手に、声を掛けられた方は「ああ……」とだけ答えると、陣の上に手をかざす。

死体を見つめていた少年の瞳が彼らを捉えるが、2人の医師の表情はこちらからは窺えない。

――でも、俺は……

その表情を知っている。

そう思った時、ぐにゃりと視界が歪むのがわかった。やがて世界は暗転し、闇の中へと落ちていく。

成す術も無く、下へ下へと、まっすぐに――




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