鋼の錬金術師

□act.4 雨空の下
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早朝。胸騒ぎを拭いきれないまま、グレイはお世話になった激安ホテルをチェックアウトし新居へと向かっていた。

お世辞にも多いとは言えない荷物を持ち、新しい仕事場から程近い寮へ足を踏み入れる。ドアを開けて中に入ると、酷く殺風景な空間が目に入った。ベッドなど基本的な家具は古いながら揃っているものの、その他を考えると生活していくのに十分だとは到底言い難い。

――どうしよっかなぁ……

この分だとそれなりに資金が要りそうだ。自分の財布の中身を思い描くと、グレイは溜め息を吐いた。

外に出れば、待ち構えるように広がる灰色の曇。今にも降りだしそうなその下を歩く足取りは重い。




****




ロッカールームで着替えを済ませ、仕事場へ向かう。使うよう指定された年季の入った机の上にはまだ私物は無い。つまり何も置かれていない筈だったのだが。

「…………」

机を前にしてグレイが固まったのも無理はない。そこには書類が山積みになっていたのだ。思わず頬っぺたをつねってみるが、その山が消えることはなかった。

その後ろから、丁度出勤してきたハボックが顔をひょいと覗かせる。

「おー、いきなりか。最近テロが多いからなぁ……」

にしても多いか、この量は。

そう呟いて「頑張れ」、とグレイの肩を叩くと、隣の机の座る。そこにもやはり、書類の山。

「まぁそんなに難しい仕事じゃないから心配すんな。慣れれば楽勝だよ」

「そうですか……」

この量が楽勝ということがあり得るのだろうか。今までデスクワークなどしてこなかったのだから尚更疑わしい。頭痛を覚えたが、仕事なのだから仕方がないと、グレイは地道な作業に取りかかった。




****




どのくらい働いただろうか。ふと時計を見上げるとまだ10時位だった。まだ残る書類の山に、グレイは溜め息を吐いてくるくるとペンを弄ぶ。

その時、部屋のドアが勢いよく開き、一人の軍人が足早に部屋に入ってきた。真っ直ぐ大佐の元に歩み寄ると、何やら耳打ちをする。その話を聞く大佐の表情はみるみる険しくなっていき、その不穏な空気を感じ取った彼の部下達は作業の手を止めた。

「すまん、聞いてくれ」

その声にホークアイ中尉を始めとしたいつものメンバーが注目した。静まり返った部屋では、時計の針の音だけが妙に響く。嫌な緊張感が漂う空間の中で、大佐は苦虫を潰したような顔でゆっくりと口を開いた。

「鋼の錬金術師から軍に知らせが入った。"綴命の錬金術師" ショウ・タッカーが、娘と犬を使って合成獣を錬成したらしい」

聞いた瞬間誰もが眉間に皺を寄せ、ニーナを知るハボックは驚きと怒りが入り交じったような複雑な表情を浮かべる。そんな中でグレイだけは、大した反応も見せずに黙って書類に目を落としていた。その表情は前髪の影になり窺い知れない。ただ。

「……ついてなかったね」

小さな声で呟いた。隣にいるハボックでさえも聞き取れない程小さな声で、静かに。

「現在向こうにはエルリック兄弟とタッカー、それと娘がいる。我々はそこへ行って事態を処理するわけだが……私と中尉が行こう。ブレダ少尉とファルマン准尉はエルリック兄弟から話を聞くように。あとはこれまで通りテロ事件とリオールの暴動の処理を続けてくれ」

指示が出されると、それぞれ仕事へ戻っていく。それを見届けて部屋を出ようとする大佐を呼び止める声がした。

「大佐、宜しいですか?」

「なんだ、クラウド」

彼が振り返った視線の先には、いつものぼやっとした様子で立つグレイの姿。大佐としてはニーナを知る彼は少なからず衝撃を受けているだろうと踏んでいたのだが、そんな様子は微塵も無い。

「自分も現場に行って構わないでしょうか」

そのままの調子でそう尋ねるグレイに、彼は何か違和感を感じた。出会ってから日が浅くとも、感じ取れるような違和感を。

「……何か理由でもあるのか?」

「いえ、特には。ただ後学の為に現場の雰囲気を知っておくのも良いと思いまして」

本心ではない、と大佐は直感的に感じた。かといって嘘と断定できる決定的な何かも無い。

「ああ……分かった」

こうしてそれぞれが、痛ましい事件の収拾へと動き出した。




どんよりとした空の下で一人の少女の身に起きた悲劇は、彼女を知る人々の心にも灰色の雲を作っていく。そのうちぽつりぽつりと降りだした雨はやがて勢いを増し、地面を黒く染め上げた。




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