鋼の錬金術師
□act.3 犬と少女
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翌日、グレイは眠い目を擦りながら東方司令部にいた。軍に入る為の手続きは昨日で済んだとばかり思っていたのだが、どうやら甘かったらしい。
朝の8時から訳もわからず数々の書類にサインし、健康診断に採血、体力テスト、挙げ句は精神鑑定とあちこち引っ張り回され、気付けばもう昼過ぎ。混雑もピークを過ぎて閑散とした食堂の片隅に腰掛けると、グレイはそのまま椅子にもたれ掛かった。
――疲れた……
少しでも目を瞑ろうものなら即座に襲ってくる眠気に欠伸が洩れる。出来ることならこのまま眠ってしまいたいところだが、残念ながらまだまだやることが山積みだった。
グレイは嫌々瞼を開けると、朝買っておいたサンドイッチを取り出して口に運ぶ。少しパサパサしたハムサンドは不味くはないのだが、口の中の水分を全て持って行ってしまう。そのせいでかなり食べ辛いそれを、ペットボトルの水で無理矢理流し込んだ。食道をこじ開けて無理やり胃袋へ吸い込まれていくパンの感覚は、かなり不快に感じられる。
「あーもう、めんどくさ……」
パンの代わりに吐き出した文句は気分転換にもならなかった。
さらに追加して溜息を吐き出しながら、グレイは名残惜しくも眠気を振り払うように勢いよく立ち上がる。サンドイッチの包み紙をゴミ箱に放ると、見事に金属製の縁に弾かれた。
「…………」
唯でさえ低いテンションをさらに低下させた彼は、無様に転がる包み紙をゴミ箱の中に放り込むと気怠そうに歩き出した。
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――確か次で最後……軍服の受け取り、だっけ
そういえば昨日採寸されたな、などと考えながら食堂から程近いカウンターに顔を出すと、真っ青な軍服はすぐに手元にやってきた。
「そこに更衣室があるので、着替えてください」
渡されると同時に笑顔で言い渡された指示に、グレイの表情筋が固まる。
「今すぐ、ですか?」
「はい、もちろん」
軍人は軍服を着ることが規則なのだと、カウンターの男は渋い顔をしたグレイを宥めるようにそう言った。
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更衣室に入ると、指定された番号のロッカーを探し、着なれた黒のコートを脱ぐ。昨日まで機械鎧が露出していた右腕の裂け目は、割と綺麗に繕われていた。昨晩頑張った渾身の出来栄えは、気休め程度にグレイの気分を持ち上げる。それをハンガーに引っ掛けると、年季が入ったロッカーは軋んだ音をたてた。
――これで俺も軍人の仲間入りって訳だ
真新しい軍服を前に、グレイは思う。周囲に存在を知らしめる鮮やかな青には、正直良い思い出がなかった。
そうして浮かんでくる拒絶はもはや現実逃避と言うべきもので、ここまで上手く嵌められた以上、今更どうすることも出来ないのが現実である。それでも目に見える証というものは受け入れがたいものらしく、頭では理解していても、ロッカーに取り付けられた小さな鏡に映る顔は不機嫌そのものだった。
そんな自分に対して自嘲気味な笑みを浮かべると、グレイは感情を振り切るようにさっさと着替えていく。最後にホルスターを吊るしてベルトを締めた時、いつもより軽い感覚に少し寂しくなった。
就寝時以外は常時携帯している彼愛用の銃はいまだ軍に取り上げられたままである。グレイは散々な現状に対して溜息を吐くと、せめてもの抵抗とばかりに少し強めにロッカーを閉めた。
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