鋼の錬金術師

□act.2 望まぬ転機
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東部におけるアメストリス軍の拠点、東方司令部。事情聴取という目的でそこに連れて来られたグレイは、エルリック兄弟や大佐達と別れてやけに広い部屋に通された。

当然のように銃は取り上げられており、いつもより軽いホルスターが心もとなく感じられる。軍という組織特有の空気の中で神経を尖らせている今は尚更だ。

案内役の軍人に促されるままに扉を潜ると、湿気た臭いが鼻を突く。「ここでお待ちください」 と事務的に言い残した案内人が去ると、グレイは一人残された。

「さて、どうなるかな……」

この先の事を予想しながらぐるりと部屋の中を見渡すと、この部屋に通されたことに対する疑問が頭を過る。

扉は観音開きで、部屋の対局に2つ。どうやら建物の中心部に位置するらしく、窓は存在していない。加えて天井は高く、灰色の壁が四方を取り囲んでいる。家具の類は机と椅子数個が片隅に寄せられている程度で、広さも相まってとんでもない殺風景さだ。

――どう見ても待合室って雰囲気じゃないよな……

そう考えると、グレイの警戒心はフル稼働を始めた。視線はあちこちに向けられ、部屋の間取りと逃走経路を瞬時に把握する。そうして出来る限りの策を考えた彼は、次の瞬間不機嫌そうに目を細めた。

この部屋から脱出する為には必ず扉から出なくてはならない。そして相手が最も兵を送り込みやすいのもまた扉であり、それがグレイを挟み撃ちに出来る所に位置している。つまり、いざとなったら交戦は避けられない間取りなのだ。加えてこの殺風景な空間にはバリケードも無く、最悪の結末も容易に想定された。

「最高な部屋だよ、ほんと」

不利な状況に思わず皮肉が漏れるが、他に誰もいない部屋では気晴らしにもならない。心の片隅に生まれた不安だけが、沈黙の中に広がっていくのが分かる気がした。加えて閉ざされた扉と灰色の壁が生み出す圧迫感が、このままここを出られないかのように錯覚させる。

思わず表情が険しくなりかけた時、グレイと対極に位置する扉が軋んだ音と共に開いた。薄暗い部屋に光が差し込み、漂う埃がきらきらと光る。姿を現したのは、軍服の上から黒いコートを羽織った男だった。

ゆっくりと歩み寄って来る彼の顔は、フードの下に隠されて窺うことが出来ない。殺気は感じられなかった。しかし得体の知れない圧力を感じたグレイは、いつでも動けるようにさり気なく身構える。

男の武器は長剣が二振り。対してこちらは丸腰で、かなり分が悪いのは一目瞭然だった。とは言え事情を聞かれに来ていきなり逃げるのも不自然で、グレイは諦めたように溜息を吐く。

「あの、どちら様で――!?」

取り敢えず口にした問いよりも早く、左右の剣が抜き放たれた。

――速っ……

抜き放たれた細身の剣を手に真っ直ぐ突っ込んでくる速さはまさに弾丸。あっという間に間合いを詰められ、後ろに飛びのく猶予も無い。

躱す間もなく目前に迫った刃に、グレイは一瞬で迎撃を選択した。そして少し腰を落として斬撃に備えた直後、この選択が誤りであることに気付く。

――あ、そういえば……

刃を受けるものが、無い。

相手はそれを知っていたのだろう。フードの下から唯一覗く口が弧を描く様が、スローモーションのように目に映る。

咄嗟に両腕を出して防御するが、その腕ごと斬ってしまえばいいと言わんばかりに両の剣が振り下ろされた。白刃が、外から内に交差するように十字を描く。

更に笑みを深くした軍人が予測していたのは、痛みによる絶叫と血飛沫、幾度となく見てきたであろう人間の最期だった筈だ。

しかし。

広い部屋に響いたのは見当違いの鋭い金属音。肉と骨を断つ独特の感触が、彼の神経を伝うことはなかった。

「歓迎にしては、随分乱暴なんじゃない……?」

込められた力のせいで細かく震える刀身。刃を僅かに食い込ませることも敵わないそれの向こうで、暗青色の瞳が相手を見据える。

凶刃は、青年の右腕と、いつの間にか左手に握られた大振りのナイフに止められていた。


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