鋼の錬金術師

□act.1 トレインジャック
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"アメストリス軍、東部の小さな町で密かに行われていた悪魔の研究を見事に裁く"

"リオールでレト教に対する暴動が勃発、激化"

そんな記事が紙面を賑わせているのと同じ頃、場所も同じくアメストリス東部。世間の喧騒とは無縁に思える風景の中を、事件性を孕んだ列車が煙を吐き出しながら走っていた。

その最後尾。

「はぁ……」

思わず洩れた溜息は、走行音に掻き消された。どうしてこんな目に遭っているのかと、今更無意味な思考が浮かんでは流れていく。何の計画性もなく、本当に偶々乗った列車が――

――よりにもよって乗っ取られるとか……

そう思うと、グレイ・クラウドは本日2度目となる深い溜め息を吐いた。

彼が乗る車両では、武装した男が2人、銃を片手に睨みを利かせている。ほんの数分前にいきなり変な奴らが来たと思ったら、あっという間にこの状況。テロをするのは自由だが、巻き込むのは勘弁して欲しい所だ。

頭の中で文句を並べながらテログループに目をやると、丁度こちらを向いたバンダナの男と視線がかち合ってしまった。

――おっと、やばいやばい

これ以上の面倒は御免だ、とばかりにその剣呑な視線に後頭部を向けると、やる気のない半眼で車窓を眺める。

外は快晴。雲の少ない綺麗な青が、東部の町並みや草原の上に広がっている。暖かな日差しと単調な走行音に揺られ、もともと半分しか開いていないグレイの目は更に細くなって眠気を訴え始めた。

――寝て起きたら、全部終わってるかな……

酷く楽観的な考えは、穏やかな眠気の中に紛れて消える。いよいよ瞼が閉じかけたのだが、その微睡みと期待は後ろに座る幼い子供の泣き声に妨げられてしまった。

「うるせぇぞ!静かにさせろ!!」

ピリピリとした空気の中で響き渡る泣き声に苛立ったのか、髭面のテロリスト怒鳴る。母親が必死で泣き止ませようとするのだが、男の怒鳴り声に更なる恐怖を覚えたらしい子供の声は大きくなる一方。更に悪化した状況に、グレイは面倒臭そうに騒音の発信源へと目を向けた。

見れば2、3歳の子供で、この状況が分からないのも無理もない。が、そういうことは大抵の犯罪者に理解されないものだ。

「あ゛ー!黙れクソ餓鬼!!」

しびれを切らした男は、持っていたライフルを子供に向けた。母親は我が子に覆い被さり、車内の空気は一気に凍りつく。誰もが最悪の展開を予想し、思わず眼を背けた。

その時だ。

それはするりと男の背後に立つと、引金に指を掛けようとする肩に 「まぁまぁ、」 と手を掛けた。

「子供相手に短気過ぎだって。あんまり怒ってても良いことないよ?」

「んだとテメェ」

何事かと振り返った男が最初に視線を向けたのは、思いの外しっかりと肩を掴む黒い皮手袋。それからゆっくり上に移動した苛立ちに満ちた目を、グレイは暗青色の半眼で捉える。目が合ったところで取り敢えず笑ってみせると、男のこめかみにはくっきりと青筋が浮かんだ。これ以上ないくらいに立派な青筋が。

――こりゃ、今すぐ血管切れるかもなぁ……

あまりに見事なそれをしみじみと眺めていると、前の車両から糸目のテロリストが1人、銃を片手に乱暴に扉を開けて入ってきた。

「何をしている」

糸目をしっかりと開き、脅すような低い声音が問うと同時に、彼のものを含め3つの銃口が黒髪の青年を捉える。しかし問われた当人は、自分が殺されそうなのにも関わらず、いつものぼんやりとした半眼でテロリスト達を見渡した。あまりに危機感の無い彼に対して、今度は子供に銃口を向ける髭面が口を開く。

「……この状況がわかってねぇみたいだな?」

感情を露わにしたその声に対して、グレイは心外だなぁ、とでも言うように片眉を上げた。

「わかってるよ。俺、馬鹿じゃないし」

至って真面目な声音でそう言う割には、やはり緊張感の欠片もない。そして、さらに状況を悪化させる一言も付け足される。

「たださ、あんた達やり過ぎ。迷惑なんだよね……いろいろと」

明らかに空気を読めていない言動に対する苛立ちが、泣き声に対するそれを越えたのだろう。子供に向けられていた銃口が、背後の相手へと密かに移動を始める。

「正真正銘の馬鹿だな。そのくだらない正義感が自分を殺すってことには気付かなかっ――!?」

髭面が言い終わるか終わらないかのタイミングで、グレイは動いた。


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