研究所 準備室
□サクラモチの憂鬱
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この春で丸2年か。
よくガマンできてると思うぜ、我ながら。
***
オレは雨の日の公園でアイツに拾われた。
オレには母親がいた記憶はなく、ニンゲンに育ててもらった。
成猫になってすぐ、ニンゲンがオレをダンボール箱に詰めて行ったこともない公園に置いていった。
それから数日間は公園の周りをウロついて何とか食い物にありつこうと思ったが、ニンゲンがその辺に落ちた食い物をキレイに片付けちまうから、とうとう飢え死にか……と雨の中、ふにゃふにゃにふやけたダンボール箱で寝ながら思っていたところだった。
「こんばんは」
ニンゲンの男がやってきて、オレを見つけた。
アイツは初対面の時から変わり者だった。
こんなに雨が降っているのに傘をさしていないからビショビショだ。
興奮してるのか、オレを見ながら手を揉んでいる。
無視して寝ていると急に体が浮いて、空っぽの腹が伸びて気持ちが悪くなる。
クビを持たれているから抗議の声も出せない。
「すごい、キミは体の割に軽いですねぇ」
そりゃあ食ってないからな。
「ここも素敵な場所ですけど雨が冷たいですし、お引っ越ししませんか?」
ニコニコともニヤニヤとも言いがたい笑顔でオレを抱きかかえる。
助かった。
ニンゲンの家は外より何倍もマシだ。
「ところで、キミたち猫は何を食べるんでしょう?」
早くも嫌な予感がした。
ニンゲンの男は木で出来た風通しのいい―つまり雨が入ってこないだけ良いが外と寒さはあまり変わらない家に住んでいた。
ゴワゴワのタオルで丁寧に体を拭いてくれるが、オレはこれでも毛繕いにはこだわりがあるんだ。
そこ、逆なでするな!と全身を使って威嚇すると、アイツは手を叩いて喜んだ。
「やや、初めてシャーってやられちゃいました!」
本当に変なヤツ。
結局、食い物はニンゲン用のツナ缶をもらい、トイレは前にいた家のクセで外に出て庭先を適当に使った。
まあそのせいで次の日、オオヤサンっていうニンゲンに叱られたらしい。
アイツはワカオウジサンという長い名で、オレにサクラモチという名を付けた。
前の家んときはなんて呼ばれていたか……シロ、シロウ?みたいな感じだったか。
猫のオレは細かいことは気にしない。
その辺はニンゲンが勝手に決めるルールだからな。
それから徐々にちゃんとオレ用の食い物やトイレなんかを買ってきて、住環境は格段に良くなった。
***
とにかくアイツはひっつきたがりで参ってる。
別にスキンシップが嫌いなワケじゃない。
アイツの場合、オレに触り過ぎるんだ。
アチコチをナデナデベタベタ。
爪を立てることもしょっちゅうなのに、全く懲りない。
後からやってきたヤキブタ(後輩の猫な)が言うには、マゾっていう種類のニンゲンなんだと。
オレにはよく分かんねえけど、やっぱりアイツは相当変わってるニンゲンだと思う。
そして、最近アイツがオレによく話してくるニンゲンの女ってのもオレからしたら変なヤツだね。
センセイとセイトっていう関係でアイツもそのニンゲンの女も悩んでいるらしいが、ニンゲンのルールは面倒なもんが多いんだな。
好きか嫌いか、それだけじゃダメらしい。
オレは猫で良かったな。
***
アイツと一緒に縁側で寝そべって日向ぼっこをする。
「キミたち猫は良いですねぇ」
なんてボヤくが、ニンゲンの方が自分の力で何とでもなるだろ。
オレらは運が良かっただけで、大体は楽に生きられない。
猫には猫の苦労があるのさ。
嫌がらせにノーテンキなアイツの腹の上に乗ってやった。
「や、重たいです」
そりゃあ毎日食ってるからな。
拾ってくれて、ありがとな。
「僕のところに来てくれて、ありがとう」
偶然だと思うが、意思が通じたような瞬間だった。
その後、相変わらずアイツのスキンシップが過激ですぐに退散した。
***
例のニンゲンの女とデートに行ってから、アイツのボケっぷりがヒドい。
まず食い物を忘れる。
オレらの分もたまにな。
夜遅くまで起きているみたいだし、終始なんだか落ち着かない。
ヤキブタは昔、同じような目に遭っていてニンゲンがパートナーとくっついたり離れたりする時期だと教えてくれた。
なるほど、ニンゲンの発情期は突然やってくるもんだとオレは学習した。
早く平穏な日々に戻ってくれ。
やれやれ。