家宝
□未来予想図
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俺は死ぬまでに、何回呼吸を繰り返すのだろうか。
何回ものを食べ、時を過ごして、涙をこぼし、傷付け合い、笑い合うのだろうか。
俺は何度貴方を愛し、貴方を想うのだろうか。
貴方の未来図に、俺の姿は刻まれているのだろうか。
ねえ、この気持ちは何ですか?
「お前は夢見る少女か」
「うっさい、ロマンチストって言って下さいよ」
俺が言ったロマンチックな一言は、ロマンの欠片もないようなあきれた声にバッサリと切り捨てられてしまった。
いや、確かに俺も若干引いたけどさ、だからってその一言で終わらすことはないんじゃないか。
俺は目の前で涼しげな顔でコーヒー(無糖)を飲んでいる先輩を頬を少し膨らませながら見た。
そんな姿でも様になってるとこがむかつく。あ、今団体の女子高生が全員南沢さんの方に振り返った。わあ、あの人なんか本気だって絶対。
南沢さんは自分の置かれてる状況なんかまるで知りませんとでもいうように、俺の事を小馬鹿にした表情で見つめてくる。…今の顔、あの女子高生に見せてやりたいな。
「お前がロマンチストって柄かよ」
「別に俺が何言ったっていーじゃないですか」
「別にそうだろうけどよ…」
俺にも羞恥心ってものはあるわけで。お前がねえ、そう鼻で笑って言うもんだから、とたんに恥ずかしくなってきた。うわ、顔赤いってこれ。南沢さんはそんな俺をいつものすかした笑みで笑うと、とたんに無表情になり、腕を組んじゃったりしながら気難しく考え事をしてしまった。(そんな行動にまた一人女子が落ちた)うーんだとか、なんだかなあって独り言も聞こえる。
俺はそんな南沢さんの行動を不思議に思いながらも、考え事を邪魔しないようにそっと静かにぬるくなってしまったホットミルク(身長について触れたやつはぶっとばす)を口に――
運ぶことはできなかった。
俺の目の前には、口に入ることのなかった白の液体と、それが入っていた粉々のマグカップらしきもの。
まあ簡単に言えば、落として割ったということだ。
うわあやっちゃった。このマグカップ南沢さんのやつだよ。しかも結構気に入ってたやつ。
ちらりと南沢さんを見てみれば、きょとんとした顔でマグカップと俺の顔を交互に見比べている。…これ、怒られるな。
「…ごめんなさい、あの、値段…」
「ん?ああ、別にいい」
「え、でもこれ気に入ってるやつじゃ…」
「今日ぐらいは可愛い可愛い後輩のミスなんて許してやるよ」
「今日?」
俺が不思議そうに言えば、南沢さんは呆れながら無言でカレンダーを指さす。
今日は2月の14日だから…
「あ、バレンタインデー…」
「ん」
そう一言だけ言うと、玄関のほうからほうきを取り出して来てそのまま俺の近くに散らばった破片をさっさと慣れた手つきで掃いていく。
俺も手伝おうと立ち上がったら、危ないからとまた座らされてしまった。俺だって子供じゃないんだから別に危なくないのに。あの人は変なところで過保護だ。
南沢さんは下を向いて破片を片付けながら、ゆっくりと口を開いた。
「俺はね、倉間とだったら何回でも愛し合って、思い合うよ」
「はい?」
「はい?って、お前が先に聞いてきたんだろ」
先に、先に……。もしかして、あの小馬鹿にしてきたやつか。
笑われたからはいおしまい、って思ってたらこの人はまじめに考えていたのか。
南沢さんは少し不機嫌な顔で俺をにらんでくる。すみませんって言っても、やっぱりまだちょっと不服そうだった。
「俺は倉間とずっと一緒にものを食べ、時を過ごして、涙をこぼし、傷付け合い、笑い合う」
「…はい」
「呼吸だって、倉間が居なかったら俺はしないよ」
「俺が居なくても息ぐらいはしてください」
「大丈夫だ、倉間は俺とずっと一緒にいるから」
「それは決定事項なんですか」
「俺の未来図は、倉間が居ないと完成しないよ」
南沢さんはとんでもなく恥ずかしいことを顔色変えずにさらりと言ってのけると、パーカーのポケットからごそごそと何かを取り出した。
手の中にすっぽりと収まっている小さな薄水色の箱は俺の目の前へと出されていって。
そっと受け取ると、中から小さくて無機質なものがからんと動く音がした。
「これ、どうすればいいんですか」
「もらったものを開けないでどうする」
それもそうだ。俺は青のリボンをゆっくりとほどいた。
中には小さなものが二つ。
1つはコンビニに売ってるような小さなチョコレート。もう一つは――
「…指輪?」
「そ、おもちゃのだけどな」
南沢さんはそういうと、俺の手のひらに転がる鈍く光る銀色を手に取ると、俺の右手の人差し指に付けた。
人差し指に光る銀色はその存在を示すほど強い光は持たなくて。でも、さりげない暖かな光を確かにそこにはなっていた。
「左手の薬指には、俺が大人になった時にはめてやる」
「それって…」
「だからお前は、それまで俺のとなりに大人しく居ろってこと」
南沢さんは勝ち誇ったような顔で言うと、俺の前に手を差し出した。
俺は無言でポケットの中にこっそり用意していたチョコレートに手を伸ばす。
あーあ、秘密にしようと思ってたのに。この人は俺の事なんて、なんでもお見通しだ。
「…別に、コンビニで安く売ってたから買ってきただけですよ」
「はいはい、サンキュ」
南沢さんは俺の頭を撫でながらそっと受け取った。
その顔は、今まで見たことのないようなすごく幸せそうな笑顔で。
この笑顔を見せてくれるのは俺だけって、少しぐらい自惚れてもいいよな?
こんな幸せな日々が、これからもずっと続いていく。
ほら、俺らの未来予想図はもう完成しているんだ。
先輩と一緒なら、きっとどんな未来でも幸せだ。
「ハッピーバレンタイン」
この幸せな時間は、俺たちの未来予想図の1ページに書き込まれた。
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優月ちゃんのところからフリーをいただきました!
南倉は幸せであることが1番ですよね…!
ありがとうございました。