其他

□最も単純且つ効果的な魔法とは
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ふわふわシフォンのワンピースに伸ばし掛けた手を、止める。
黒を身に纏った私にはおよそ不釣り合いなそれ。

空を切った掌を握り、ふっと自嘲った。


「何してるんだろ」


握った手をだらりと垂らし、瞳を伏せたその時。


「何故止める。」


背後で響いた地を這うような低い声に肩が跳ねる。

恐る恐る振り返れば、蛇を連想させる瞳をした真っ黒な男の姿。
彼は教壇で威圧的に話す時と同じ表情で私を見下ろしていた。


「欲しいのではないのか?」


微かに顔に掛かった影が恐ろしさを増す。
逆光の中、読めない瞳でじとりと睨まれた、気がした。


「……似合わないから」


絞り出した震える声に、彼は片眉を吊り上げる。
そんな顔しなくても。


「私には、似合わないですから」


ハッキリと告げて笑えば、見詰める瞳が更に冷たくなった。

氷点下の瞳を細め、彼は手を伸ばしシフォンワンピースを取る。なんて異様な光景。
そのままふわふわの可愛らしい物体を私の体にぐっと押し付けた。


「!!ちょ…っ、」


「似合わない、か。」


慌てて引き剥がそうとした手が、止まる。


なんで、そんな


「鏡は見たのか?」


そんな瞳を


「……君に似合わなければ、誰が似合うというのかね?」


そんな優しい瞳を、するの?


完全に固まってしまった私を見て、彼は薄く笑った後私の手を取る。

少し強引に。

ぐいっと引っ張られ、つんのめりそうになりながら彼に合わせて歩き出す。


「ちょ……ちょっと!」


「一つ、言っておこう。」


また私を無視して言葉を被せた彼に押し黙る。

彼の言葉には、何故だか黙らなければいけないと思わせる力があった。


「買えば良いではないか。

好きなものは好き、欲しいものは欲しい。君はいつも無理をしてその気持ちを制御している様に見える。我慢などせずに求めれば良い。

そうしなければ欲しいものは……“自分”は、手に入らんぞ。」


はっとして息を呑む。

分かっていたんだ、何もかも。
この人は、知っていたんだ。

急に弱虫な自分が恥ずかしくなり俯いた。
気付かれてしまった、臆病者の私に。


「……受け取りたまえ。」


情けない表情で顔を上げると、いつも通り無感情な瞳が向けられていて。

しかしいつもと違ったのは、その長い袖の下に隠れた手にお洒落な紙袋が握られていたこと。


「えっ、あ……」


「誰が何と言おうと、何をしようと」


押し付けられた袋。

両手で受け取り焦った様で四方に視線を巡らせる。


「君は君だ。自信を持ちなさい。」


瞬間ふっと、

緩んだ表情は、見間違いだったのだろうか?


私が漸く彼の闇色をした瞳を見上げた時には、もういつもの仏頂面に戻っていた。


「君は可憐で可愛らしい人だ。我輩が保証しよう。」


「………え、」


「それは君が一歩を踏み出す為の魔法だ。黙って受け取りなさい。」


それだけ言うと、魔法薬学の陰険教授はローブを翻し、早足で店を出ていった。


「なん……だったの、今の……」


呟く私の脳内でリピートする言葉。


“君は可憐で可愛らしい人だ”


徐々に熱くなる頬に気付き、思わず抱えた紙袋に顔を埋めた。







【最も単純且つ効果的な魔法とは】







(貴方の存在自体が、私にとっては魔法だ。)
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