きままなお話

□恋と愛、あの人と君。
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「ただいまー」

ドアを開けて、足で支えながら両手のビニール袋を玄関に置くと一息ついて鍵を締める。

キッチンまで荷物をもっていくと、途中のリビングのソファーで腕組みをしながら寝ている手塚を見つけた。


昨日の試合で疲れてるんだな、と菊丸はつけっぱなしのテレビを消して起こさないように布団をかけてやる

しかし気配を察知したのかうっすらと切れ長の目が菊丸を映した。


「…すまない、寝ていた」
「いーよ、夕飯今からだから。つまみつくろうか。刺身OKの魚売ってたんだ。ビール飲む?たまにはいいっしょ?」

ウキウキしながら冷蔵庫からビールを取り出す。普段手塚はアルコールは口にしない。冷蔵庫にあるものは全て菊丸が押し込んだものだ。
アルコール以外にも、食材を片っ端から入れているが手塚がいる日は調理している。
試合時からオフまでマネージャー並みに食生活を徹底している菊丸のおかげで、同居以来手塚が病気をしたことがない。手塚の実家から信頼を得ているのはそこが大きい。


「前に蕎麦で使ったワサビ残ってたかなあ?手塚は九州のお醤油好きでしょ?この前おばさんが送ってくれたのだすね」

手塚は布団をソファーに置いて立ち上がる。
キッチンまで行くと棚をあさぐる菊丸を後ろから抱き締めた。


「…座ってていいよ?」
「作業を進めて構わない」


ガッチリと後ろを固められた挙げ句耳元で囁かれると身震いする。
「これじゃできないじゃん」と少し怒ったようにごまかしても無駄だと思うけど。



「2年経ったな」
「そうだね。ようやく英語も様になってきたでしょ?」
「親御さんは」
「もう諦めて好きにやれって。たまに顔だせってさ」



来た当初は英語もおぼろげで、外国の土地に慣れるか心配だったが、持ち前の明るさと人懐っこさはイギリスでも健在で、すぐに周りと打ち解けて今では近所の奥様方から可愛がられてホームパーティーに呼ばれるぐらいだ。菊丸が作る日本食が人気でパーティーではよく差し入れに持っていってたところ、料理教室をしていたママさんに気に入られ時折アシスタントを頼まれたりしている。
地方の料理番組まで呼ばれ審査員を唸らせた一品のウナ茶は、日本人テニスプレーヤーとして名を馳せていた手塚が好物だとTVで宣言し、菊丸のもとへ手塚のファンから日本食の手捌きを教えてくれとさらに問い合わせが殺到した。
手塚は自分の流行の時代の波はとうに去ったと言っていたがウィンブルドンを騒がせている彼はまだまだこれからだと、菊丸は苦笑した。
そんなこんなで、菊丸はうまくこの地に馴染んでいる。



日本人テニスプレーヤーとして名を馳せ順位をあげている手塚と、同級生でローカル料理番組にでて人気の菊丸の同居は大々的に公表している。両方が有名になりすぎていることも原因だが、以前手塚が食中毒を起こしたニュースは大きく広まっておりその後菊丸が同居したこともあって、世間では手塚の家政婦として働いているという認識でが大きい。万が一の場合でもパートナーシップが認められたこの土地では日本よりは問題が大きくならないが、ばれないに越したことはないと菊丸はちょっと笑った。



「帰りたいか?」
「いんや。今の生活気に入ってるし。手塚もいるしね」


最後は照れたように言って手塚の胸元にすりよる菊丸に、そうか、と手塚は肩を抱いた


「あ、でもテニス部には久しぶりに会いたいな。不二以外には何も言ってないし、手塚も会いたいでしょ?」
「そうだな」
「大石なんかビックリするだろーなー、アイツ全く気づいてないもん俺たちのこと。メールしてても『イギリスには手塚もいるからたまには会いにいってやれよ』ってさ。もー笑いこらえてるよ毎回」
「ああ」
「ね?聞いてないだろ?」
「そうだな」



さっきから菊丸の手を握ったりあさぐったりとしている手塚に、菊丸は昔は「ちゃんと聞けよ」とむくれていたが、最近は諦めている。
こういう時の手塚は大体何かに集中していて、大抵大事なことだった。
しかし手をにぎにぎされて、後ろで密着されてるだけだとやはり落ちつかない。


「てづかー、てづかくーん、俺おつまみつくりた…」



いきなり左手を捕まれたかと思うと、薬指にシルバーリングが光っていた。


「…え?」
「サイズは合っているようだな」


よかった、と安堵する手塚とぼーっと見ていた菊丸はようやく指輪がはめられたことに気がついた。


「は?え、なに?これ」
「ブルーニングだ」
「あー、あそこシンプルで俺好きー!ってメーカー聞いてんじゃないよ」
「まだ駄目か?」


じっと真っ直ぐ瞳を見つめられ、ウッと菊丸はたじろいだ。端正な顔立ちの手塚に見つめられるのは面食いな菊丸には未だに弱い。



「まだってなんだよ、いかにも俺待ちみたいな言い方してさ。俺なんにもお前から聞いてない」
「そうか、そうだな」



嬉しいのにあまりにも突然な行動に、菊丸は憎まれ口しか言えない。
それには手塚も素直に菊丸から身体を離した。

すると菊丸を正面に向かせて左手をとると、片膝をついて中腰で菊丸を見上げる


「この先、今より様々な苦難があるだろう。世間の目だけではなく家族からも非難をあびるかもしれない。四面楚歌になりうるやもしれん」


本当同い年と思えない言葉使うなあ、とツッコミたかったが今の手塚の言葉の意味も真剣みも理解しているので菊丸は黙って聞いていた。


「俺は言葉が足らない。そのことで今までもお前を多く傷つけてきた。おそらくこれからもそうだと思う。すまない」


自信持って謝るなよ、心の中で苦笑する。しかし自分も余計な一言二言が多いのでおあいこだ。



「昔、お前が幸せであればそれでいいと言った。だが今はそんな綺麗ごとは言えない」


手塚は菊丸の左手の指輪を見る。一瞬だけだが。



「茨の道を共に歩んでくれないか。お前が側にいれば俺は幸せになれるんだ」




普段は上にある瞳が見上げて見つめられて、菊丸を見ていた。


ああもう、この男は。
菊丸は笑いたいのか泣きたいのかわからないグシャグシャな顔をどうにかして抑える。


「手塚ってほんと勝手だよ。俺がつらい思いするかもしれないけど、手塚が幸せになるために我慢してってことでしょ?」


菊丸の言葉に手塚は無言で見つめるだけだ。


「決めつけるなよバカ。そんなの全然へのかっぱなんだよ。何年付き合ってきたんだよこの鈍感。俺つらいとか苦
しいとか、ここきて一度も思ったことない。手塚といて幸せだってしか思ったことない。今までも、これからもそうだよ」


涙が溢れてくるのは、悔しさや悲しさからじゃないのは菊丸もわかっている。



「手塚、俺はね、いまとっても幸せ。お前が自分の幸せのために俺を選んでくれたこと、一生忘れない」




大好きだよ、と泣きながら笑って菊丸は精一杯の笑顔を向ける。
手塚も微笑んで「違うだろう」と菊丸をみる



「俺はお前を好きじゃない」
『『愛してるんだ』』



二人同時に愛を告げると、菊丸が耐えきれずに手塚に抱きついた。
勢いよく、二人はキッチン床に倒れた



「ねえ手塚、父さんにいつ殴られにいく?」
「できればシーズンオフがいいんだが」
「皆にいつ会おっか?不二にインタビューされちゃうかもよ?」
「大石が倒れるだろうな」
「んー…ねえねえ手塚?」
「なんだ」
「ご飯、あとでもいい?」


えへ、と照れたように押し倒した手塚にはにかんだ笑顔と涙の跡で潤む瞳を向ける。
そんな顔で迫られて断る理由も理性もない。
手塚は腕を菊丸の頭にのせると、グイと自分の口に顔を引き寄せた
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