きままなお話

□恋と愛、あの人と君。
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雑誌にはホテルからでてきたであろう男女の写真が写っていて、サングラスや帽子をかぶっていた。
その隣には二人の普段の写真が載せられていて、輪郭や体型なども似ているのがわかる。


記事には二人が1年前にTV番組で知り合い、食事やテニスデートなでしている情報を事細かに書かれていた。
女優さんは初めて見る顔だが
パッとみると明るくて笑顔が似合うような綺麗な人だ。

手塚も、前に見た雑誌より若干大人っぽくなってた。



あの手塚が、美人と、しかもラブホテルをパパラッチされるなんて変われば変わるもんだと関心する一方、どうしようもない不快感に胸をえぐられつつある。



手塚に嫉妬をしてるのか。テニスも女も手に入れてライトアップされた人生を妬んでるのだとしたら、俺は最低な人間だ。

そして、鈍くて気づかなかった痛みがまたじわじわと胸を蝕みつつある。



「?」


ぎゅう、と胸をシャツごと握りしめた。



ズキズキ。




痛い。痛い。止まって。




ズキズキズキ。




止まれって言ってんだ。






「英二?」





姉ちゃんたすけて。





言葉にするまえに、俺は視界を暗闇にした。






















そこは昔の青春学園だった。

俺は何故かそこにいるのに、目の前を小さな俺が通り過ぎていく。
絆創膏を鼻に貼って、髪をボサボサにして、まだ体操着で部活する俺は中学1年だろう。
そしてその視線は、遠くにいる大和部長を見ていた。


場面が変わって、今度は中学2年の秋、衣替えした頃だ。冬服の学ランが去年より狭くなったと絆創膏を頬に貼った俺は皆に自慢していた。

ふと、視線を感じて後ろを見ると、手塚が昔の俺を見ていた。

誰からも気づかれない場所から、俺にはわからない位置でジッと見つめていた。


どこかで見たような眼差しは、いつもの威厳など微塵にも感じない、でも真っ直ぐで強い力を帯びている。それなのに、優しく感じた。



その瞳は、昔の俺が振り向くと同時に目線を反らし反対方向へ歩いていく。




ーーーー思い出したよ手塚。
お前のその目は、
俺が大和部長に向けていたものとおんなじだった。





もし、その視線を、少しでも交えることができたなら。
















「英二、苦しいの?」






姉が心配そうに英二の顔をのぞきこむ。自分はどうやらソファーで寝かされて、涙を流していたようだ。



「急に気絶するからビックリしたわ。水飲む?」


姉が持ってきた水を英二は上体を起こして飲み干した。
すうっと意識がはっきりしてくるのがわかる。


「姉ちゃん」
「ん?」
「恋愛とそうじゃない境目ってなんなのかなあ…」


いきなりの質問に姉は目を丸くしたが「そうねえ」とビール缶を回した。



「そんなに難しく考えちゃいないわよ皆。好きになったら恋、お互い想えば愛、それでいーじゃない?」

ふふ、と笑って温くなったビールをイッキ飲みする。


「ずっと好きな人がいて、その人に振られたんだ。その人は違うって言ってたけど俺はちゃんと恋だったと思う。でも、別の人を思うと、その人とは違う苦しい気持ちが沸き上がってくる…これってどっちが恋愛なの?」



話をジッときいていた姉はビール缶を置いて真面目な顔をみせた



「英二、大事なのはどっちが恋愛かどうかじゃない。アンタがどうしたいのかでいいんだよ。英二、アンタはどちらかと付き合いたいの?どっちも嫌なの?」
「付き合う…」



その選択肢は今までちゃんと考えたことがなかった。

大和部長が好きだった。
でも付き合いたいか、と聞かれればどうなんだろうか。
……多分、そうじゃない。
俺はいつだって、彼を崇拝してて、隣にいたいと願っても実際1歩引いた関係を望んでいた。

憧れが、羨望が、いきすぎて『恋』だと思っていた。


ああ、今になってようやくわかるなんて。



いつまでも俺は子どもなんだな、と英二は思わず涙をぬぐう。





自分のレベルより高い高校や大学を受けたのも、
栄養士の資格を目指したのも、
テニスを続けたのも、

全部、アイツに対等でありたかったからだ。


俺の前をいつも歩く、あの仏頂面と、いつか並んで歩けるように。




『好きだ』



その言葉にきちんと返事ができるような人間に、なりたいと思ってたんだ。あの時からずっと。






「…ええぇえぇん」
「あらまあ、しょうがない弟ね全く」


泣きわめき始めた英二を姉は苦笑して肩を叩いて抱き締めてやった。






おれもすきだよ



ううん、たぶん、きっと






アイシテルヨ?







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寒さが穏やかになり、桜が咲き始めた。例年より遅いのは、この卒業式を待ってのことだろうか。
式典を終えた学生らがガヤガヤと門の前で思い出作りにせいをだしていた。


「ふじー!」



呼ばれて振り向くと大量のプレゼントや花束を両手に抱えて疲れきった菊丸が走ってくる。


「相変わらず人気者は大変だね」
「お互い様」


紙袋を両手に抱えた不二に菊丸も笑って返した。不二から余った紙袋をもらってなんとか持ち運べるようにすると不二を連れてさっさと門から飛び出した



「卒業パーティーはいいの?」
「夜の二次会から参加するって言ってあるから平気。荷造りの準備あるし」

そう、と不二は笑って答えた。


「あの記事、なんだっけ?サマンサっていう女優の、ガセねたで良かったね?」
「おかげで父さんの会社てんてこ舞いだけどね。っていうか不二知ってたなら早く教えろよ」
「やだなあ、僕はまだタマゴだからわかるわけないよ」


どうだか、と食えない不二を横目に見る。
歩き慣れた帰路も、今日が最後だが不二との軽口は続きそうだ。


「いつ出発?」
「明後日。とりあえず必要なもんだけ」
「よくお母さんたち許したね」
「姉ちゃんが味方してくれたから」
「手塚には何も知らせてないの?」
「うん、ちゃんと面と向かって言いたいし。もし玉砕したらオチビんとこしばらく泊めてもらう。アイツも今遠征でしばらくイギリスいるらしいし」
「もしなんてことはないけど、逆にそれで手塚が不機嫌になるよ」
「なんで?」
「越前、すきあらば英二を喰うっての酔っ払った時言ってたらしいよ」
「…隙みせないもん」
「まあ、手塚が断るはずないよ押し掛け女房。頑張って」
「前から思ってたけど、どうして不二はそんなに自信満々なの?」
「手塚と電話で話してると未練がましいのが毎回伝わるんだよねえ?英二は元気かとか自分で連絡しなよって感じ。とりあえずムカつくから何も教えてないけど。越前も、会うたびしょっちゅう英二のこと聞かれるって愚痴ってたよ。本当にしつこいんだから」
「あ、そう」

ちょっと照れくさくなって頭をかくと「お土産は高くつくからね」と不二は笑って肩を叩くかわりに紙袋で背中を叩かれた。


俺がイギリスに手塚に会いに行くって言った時、不二は笑って「おめでとう」とだけ言った。


英二、昔ね、君を見ていた手塚のことをみて、僕はうらやましくも優しい気持ちになれたよ。だから不本意だけど協力してあげるんだ。
もちろん、半分以上は英二のためにね。


そう言って別れ際去った親友は夕陽を背に「お幸せに」と、やっぱり笑っていた。









そういうわけで、俺は今、空港を降りて、2時間片言の英語で迷いながら、なんとか手塚のマンションの一室のドアの目の前にいる。
深呼吸して、インターホンを押した。

中でガタッと音がした。
落ち着けおれ!ドキドキなりやめ!あ、でも開いて金髪の姉ちゃんでてきたらどうしよう。手塚だってもう20歳過ぎてるし女遊びしたい年頃だし?でも、ええいなせばなるのだ!かかってこい!


そんなことを思いながら、扉が開いた。




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