きままなお話
□恋と愛、あの人と君。
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「逢いにいかないの?」
「だれに」
「手塚だよ」
「んな金にゃい」
「おや、お金があれば行くの?」
「…さっきからなんだよ不二」
不二の質問の意図を大体理解しているものの、不機嫌を隠さずに聞いてみた。
「英二はまだ大和部長のこと忘れられない?」
「まあね」
それは即答できる質問だった。
小さな初恋は実らなかったけれど、あの人の顔を思い出すと今だに穏やかな気持ちになれる。
優しい人で、優しすぎる人だった。
「まだ恋してるの?」
「どうかな…してたとしても振られたかんなー、忘れないといけないっては思ってるけど」
「手塚が入り込む余地はまだないんだね、可哀想に」
含みのある言い方に「なんだよ」と口をとがらせる
「あのさ、手塚が俺を好きだったのなんてもう6年も前だよ?連絡なんて一切ないし、アイツは今頃向こうで金髪青目の彼女とよろしくしてるよ。俺のことなんてむしろ忘れたい過去に決まってんじゃん」
「だって君は忘れてないじゃない」
それを言われると言葉につまった。
「ずるいなあ英二、自分はいつまでもひきずってるのに手塚には立ち直れなんて。初恋は色褪せないものだよ英二。君が一番よくわかってると思うけど」
不二から説教されて菊丸はムーと眉を潜めた。正論なので言い返せない。
ズズ、とせめてもの反論にジュースのストローの音をたてた。
「人間都合のいいように考えるようにできてるよね。今頃手塚も『もう6年たったから大和部長を忘れてるだろう』なんて再チャレンジの準備してるんじゃない?似合わない薔薇の花束なんか持ってさ」
「それこそ都合のいい解釈じゃん」
「あれ?手塚のプロポーズは君にとって都合の『いい』解釈だった?」
「ふ~じ~!」
もう勘弁してよ、と言わんばかりに菊丸がベタっと台にふせた。
フッと笑って不二は英二の頭を撫でた。
「ねえ英二、あれから6年たって君の大和部長への思いは優しくなったけど、手塚を思うとどうにもならない?あの頃と変わらないの?」
「やめてよ不二…」
「手塚はきっと今でも君を待ってるよ」
ガタッと立ち上がって菊丸は無言でトレーを持った。
「そんな憶測で言うの、やめろよ」
去り際に不二を睨んだ目は力なく潤んでいるだけだった。
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バイトから帰る頃にはもう辺りは暗くなっていた。
最近日が落ちるのが早くなって、マフラーも手放せなくなった。
吐く息も白い。今年はホワイトクリスマスになるかもしれないと空を見上げて思う。
そういや、生意気な後輩の誕生日ももうすぐだ。オチビとは言えなくなった長身の越前も全豪オープンにでるだろう。今年は手塚に負けていたから、逆襲にもえてるだろうなあ。メールでも送ってやろうか。
『どっちに?』
楽しそうに聞く不二の悪魔な微笑みが頭に浮かぶ。
こんなときまででてくんな、と独り言を言って小道の石を蹴った。
正直、自分ではよくわからない。好意をもたれて嫌な気はしない。当然だが、当時は大和部長ばかり見てて、手塚の自分へのベクトルなんて告白されるまで気づかなかった。いまでもあれは幻だったんじゃないかと思う。それぐらい、手塚とはあれ以来交流は一切ない。
だから手塚はもうとっくに忘れて新しい生活を楽しんでいるのだと、そう思ってやってきた。
ーーでも結局不二の言うとおりなんだ。
初恋は色褪せない。
どうして、いつまでも忘れられないのだろう。
瞼を閉じると、6年も前に見なくなった優しい先輩を鮮明に思い出せる。
トレードマークのハチマキとか眼鏡とか穏やかな話し方、でも全国制覇への夢を追い続けた信念。初めて見た時、あんなに青いジャージが似合う人はいないって思った。気がつけば目で追って、あの人に認められたいと思うようになる。とにかく一緒に並びたくて、1秒でも長くテニスをさせてあげたかった。 単なるエゴだとしてもだ。
大和部長は、俺の思いは恋じゃないと言った。
じゃあ、この心の内はなんて言うのだろうか?
あなたを思うと穏やかで優しくなれる。自然と笑顔になれる。思い出せば胸が苦しくなる時期もあった、あの心は。
「俺はやっぱり、恋だったと思うなあ…」
ちらほら輝く空の星を仰いで、呟く。
今はいない人に、結論を言っても仕方ない。それに、どちらにせよ振られた事実にはかわりない。
6年経った今、もう思い出に変わろうとしている。変えようとしている。
ふと、手塚を思い出す。
あいつも、ひょっとしたら同じ思いなのだろうか。
不二の言うことを鵜呑みにするほど夢をみてるわけではないけど、もし、まだいまだに彼が自分を好いてくれていたら。
そして、自分のように思い出に変えようとしているのだろうか。
ズキ。
「…?」
少し胸が痛む。
ズキズキ。
何か悪いもん食ったかな、いやそれなら胃が痛むはずだけど。
くだらないことを考えてると胸の痛みは消えたので、そのまま夜道を歩いて帰っていった。
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「ちょっと英二みてみて!」
お笑い番組をみながら夕食のカレーを平らげてる時に、パックしてる姉がドンと雑誌を食卓に広げた。
「ちょっと待ってよ今グランプリ決定戦の瀬戸際なんだからー」
「録画してんだから後で見れるでしょ!ほら、これ!」
雑誌だってそうじゃん、と愚痴をいうとベシッと頭を叩かれた。
兄二人と一番上の姉が結婚したり家をでたりしていなくなって、一番近い姉が家の天下だ。
渋々雑誌を見ると、見開きで大きく昔の同級生が写っていた。
普通のスポーツ紙なら問題ないが、内容と雑誌の種類に菊丸も目を疑う。
「これ、手塚くんよね?ますますいい男になっちゃってー!姉ちゃんがあと5歳若かったら紹介してもらったのになー!」
「…姉ちゃん、この記事…」
「父さんの会社の雑誌よ。明日発売するのもらっちゃった!」
「じゃなくて、記事の『サマンサとホテルで密会』ってとこ」
「知らない?イギリスで今人気急上昇の女優よ。歳もアンタと一緒で、確かテニスが趣味って言ってたからそこで手塚くんと付き合い始めたんじゃない?」
「付き合ってんの?女優と?」
「怪しいって噂はあったけど、これみたら確定ね。アンタも見習いなさいよー?」
にしても本当イイ男ねー、と浮かれて姉は冷蔵庫のビールを取り出した。