奉献之文
□拈華の指
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どん、と回廊を曲がった時に誰かにぶつかった。
顔を上げていなかったので分からなかったが、自分が弾き飛ばされたのだからかなり体格の良い人物だろう。
「あっ…!」
「…っと!」
ふらりとよろけたが、相手が二の腕を掴んでくれていたので三成は倒れずに済んだ。
「何だいその顔?」
聞き覚えのある豪快な声に顔を見上げる、
「慶次殿…か」
「折角の別嬪さんが台無しだ」
つくづく左近とこの者は似たような事を言うと思った。
「そんな事は…」
「目が赤い。泣いた事を知られたくなきゃ、擦ったら駄目だぜ?」
含みのある笑みに、はっとし目を覆う。
「これは…泣いたわけでは…」
頭に左近よりも大きな手が置かれた。
「来な」
掴まれたままの二の腕を引かれて。近くの、人気の無い井戸に連れて行かれる。
ほい、と手ぬぐいを水に浸して三成に渡す。近場の岩にちょこんと座り目を冷やす。
「これで多少は腫れと赤みは引くだろうさ」
向かい合うように慶次も岩にどかりと腰を降ろす。
「…しかしアンタは難儀な御仁だ」
「……。」
「これじゃあ、あのお守りの御仁も大変だ」
「…五月蝿い…」
自分が難儀だとは、誰よりも知っている。今更他人に言われる筋合いは無い。
「深く考えるから面倒なのさ」
「…」
強い光りを放つ目が自分の目とかちり、と合う。視線が外せない−
「相手の奥底、裏の裏裏まで考えようとするからこんがらがる、身動きが取れなくなる」
「何が言いたい?」
「やりたいようにやりゃ良いのさ。案外相手は何も考えて無いかも知れないぜ?」
三成はたまに、子供のような素直さを見せる事がある。
「それで、嫌われたら…?」
「それはそいつが悪いのさ、好きな相手のしたい事を許せない、そんな度量の狭い奴ぁ、すっぱり諦めるこった」
「…」
左近−
−お前を信じている−
「行ってくる…」