駄文

□愛別離苦
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「殿…殿!」

声と緩い揺すぶりに漸うと瞼が上がる。
まだ体がけだるく、こめかみ辺りには鈍痛がはしった。

「お気づきになられましたか」


「郷舎か…」


郷舎と呼ばれた猛将がほっとしたように眦(まなじり)を下げ、頷く。

「左近は…」

重い体を起き上がらせ問うと声音を硬く低いものに変え、外を見に行ったという。


「そうだ…あれは何だった。お前は見たか?空に開く穴を」


もの凄い地鳴りもだが、一番は天に開いた穴だ。

見た瞬間に、不確かな足元より地響きより何より恐ろしいものに見えた暗い色の穴は今やすっかり消えていた。


「某にもあれが何かは分かりかねます。ですが、必ず殿はこの郷舎と舞兵庫、そして島左近がお守り致しまする」


言って己でも知らぬ間に袖を掴んでいた手をぽんぽんと叩かれる。
それが童が親にされるような動作に似ていてぱっ、と袖を離すと一つ咳ばらいをしてまた問うた。


「…城の者はどうした?」


「そちらは舞が、城の中の者はどうやら無事だった様子でございます」


良かった。言った後に三成は一つ違和感を覚えた。

あれ程の大きな地振るいに城は机や細々とした物が倒れたりしこそすれ、どこも部屋が潰れたり、瓦すら落ちていないようだ。
三成に過ぎたるものと謳われた名城佐和山城であっても、柱一つ歪んでいないのは明らかにおかしい。


「ただの地鳴りではないという事か…?」


違和感に眉を潜めていると、燻し銀の色が視界に映り込んできた。


「左近」


安堵したのもつかの間、己の爪牙たる家臣の様子に漏れそうになる悲鳴を何とか飲み下す。


朝に見た時の山藍擦の平常服は戦装束に変わり、手には大振りの刀を持っている。
それより三成が怯えたのは足元を中心に飛散する赤黒い血の後と、飢え果てた猛虎のような殺気と焦燥を帯びた表情であった。


「さこ…どうしたのだ?」

声をかけると炯炯と光る双眸が殺気を備えたまま三成を捉らえた。


それには三成も、三成の肩を父が子を守るように抱いていた歴戦の猛者たる家臣にすらも、畏怖の念を起こさせる壮絶なものであった。




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