駄文

□竹葉に酔ふ
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質実剛健と言った造りの石田邸門前。

三成は慌てて連いて来た従者から上着を受け取り、袖を通さず羽織ると門周辺で右往左往している家の者の所に向かった。







−島様が酔って帰られまして…その…三成様が来ねば動かぬと門前に座り込まれました次第でございます−


「左近は?」


「と、殿…!」


礼を取ろうとした者達に要らぬと手を振る。
見た顔は提灯の明かりの元でもやや青ざめ心底困り切っているように見えた。

二、三人いた下男は皆目配せした後にさ、と道を空ける。


そこには正に大虎と言うべく丈夫が土に背中を預け、天を仰いでいた。

平素精悍とした顔つきがやや赤みを帯び、木天蓼を喰らった猫のようにとろんとして寝息を立てている。


「左近」


仁王立ちで今夜の冬空よりまだ冷たく、厳しい声をかける。

大虎と化した男はぐっ、と瞼に力を込めた後に重そうに眼を開き、細濁りした双眸を三成に向けた。
それでも己が見ているのが主、三成だと理解出来なかったのか、しばしの後にやっとああ、と間延びした声を出した。


「殿じゃあないですかぁ」


自然に眉間に力が入る。
呂律が危ういところを見るとかなり呑まれたらしい。

三成は宴が苦手だが、酔っ払いは更に苦手であった。

苦手の度を越え、最早嫌悪の域に近い。

酔って愚痴を言う奴はいけない、楽しく酔わねばと言うが三成にとっては笑い上戸だろうが泣き上戸だろうが総じて欝陶しく、苛立たしいというより他ない。

酔っている当の本人は羽化登仙の心地だろうが素面の者にとっては朦朧したように何度も何度も同じ事を語られ、揚句には呑めや歌えやとどやされる。

それを苦痛と呼ばず何と呼ぼうや。


はぁ、溜息を吐く間にむくり、とやはり鈍い動作で左近は上体を起こした。


「来てやったぞ、さっさと屋敷の中に入れ。屋敷の中であれば土間であろうが庭であろうが寝ても構わぬ」


「綺麗な顔をして酷い事言いますねぇ」


そう言って笑った顔は、平素この男の様々な笑顔を見ている三成にも珍しいと思わせる幼さが滲む笑みであった。



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