駄文

□滄より出でる紅
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「琉球は…」


錆声が響いてはっと我に帰る。
懐かしいと共に得体の知れない焦躁感が、目頭の熱さが、胸から競り上がる何かがふ、と楽になった。


ばらばらと弦を弾く。


「九州の地より南にあり、島国。」


弾き語りのように市井で伝わる琉球の話しを音曲にのせて、

それは三成らしくもない。まるで蛇皮線が左近の口を借りて己の故里を語り始めている錯覚におちた。


「滄海に白砂の砂浜、年を通して暖かく穏やかそして…」


「そして…?」











「戦が無い」


三成の怜悧な瞳が見開かれる。
左近はそんな三成をただ微笑んで見ている。


戦が無い

それはどんな感覚なのだろう。

生まれ出でてからこの世は乱世であった。


安寧は桜の花も同じ。
瞬きの間に花野は戦火で燃ゆる荒野に変わる。


閃きであっても安寧を得られる己はマシな方だ。

あちらでは父母の遺骸に縋り付き泣いている子もあろう。

こちらでは望まぬ婚姻に、ただ細く誰にも知られぬように泣いている女もいるだろう。


飢餓に耐える者、自らの身を売り決死の覚悟で生きる者。
親を、子を、恋しい人を守る為に死地に向かう者。



それだけではない。

全て戦禍渦巻くこの世の所為にして、それらを常なる事と省みない。異常が平常となる−

これこそが戦乱の世の恐ろしさではなかろうか。


悍ましいと思う。
でも何処かで己も朱い、どす黒いその禍々しい色に染まろうとしているのだ。

だからこそ怜悧という刃を研いで、心を頑なにして身を守っているというのに周りはどうだ。


横柄者、高慢、主の威を借り我が物顔の狐


血の色にも似た色を纏い、周囲は三成を侮蔑した。


平常な事を異常だと罵られたのだ。


はたして狂っているのは誰だ?






蛇皮線が鳴く。


「すまない」


「何を?」


謝る三成に左近は変わらず微笑みかけている。
長い事彼をおいてけぼりにしていた気がしたのだが彼にとっては刹那であったか。


「殿?」

緩く、柔らかな声音、三成の苦手の一つであった。





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