駄文

□滄より出でる紅
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「ほう…上達したな」


最初こそは聞くに耐え難く、騒音にも近かった音色は今、男の武骨な手の中で妙音を奏でている。


男は伏せていた双眸を上げて、高慢な賞賛にはにかんでみせた。


「騒音…よりはマシになりましたかね?」


元来が器用なのであろう、この男こと石田三成が重臣島左近。
最近流行りの蛇皮線を日ごと上達させていった。


「まぁ…聞けなくもない」


そう言って柱に凭れ、蛇皮線を奏でる左近の脇に腰を下ろす、彼こそが佐和山城主石田三成。
部屋から退ていかない所を見ると音色が気に入ったのか。分かり難いようで分かり易い彼に左近は苦笑いを浮かべた。



「弾いてみます?」


弾きながら問う。
もう手元を見なくても危なげなく弾いている。
やはり器用なのだと三成は心中で結論づけ、僅かに羨望してみてもおくびにも出さず鼻を鳴らした。


「していらん」


己が不器用なのはよく分かっている。
それは手先でも、対人関係でもだ。



淀むことなく流れてゆく一節、一曲に息を吐いた。


天守閣の頂のここからは鳰の海を望める。
ぽつりぽつりと浮かぶ船が、さながら笹舟のようで湖面の如く心が凪ぐ。

あまりに緩い刻の流れに今が戦国の世かと疑ってしまう。


そう、今は戦国乱世。
軽い采配一つが振るわれれば百ではすまない人が散る。
男は戦の道具で女は政略の道具。

指切りげんまんが守れない。


生き残るには、俊敏さと厳しさと程々に愚かでなければ−…。








「『蛇皮線』…とか言ったな?」


ぽつり、と独り言にも取れる声音で三成が呟いた。
頬杖をついて外を眺めている為左近からは横顔が見えるが、長い睫毛が影を落としていて艶めかしい。


「ええ、そうですよ。遥か南の琉球国の物です」


「琉球…?」


外国の物と知って合点がいった。

琴の荘厳さとは違う。
琵琶の古色のある響きでも無い。


どれにもつかない音色は知らぬのに何処か懐かしい。

例えれば幼い日、ずっと昔に母の腕の中で聞いた子守り歌にも似ている。

記憶には無いが確かに、耳が、全てが確かに覚えている。






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