駄文
□秋霖
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「竜田姫が物悲しくて泣いておられるのではないでしょうかね」
「……じゃあ機嫌を取って泣き止ませてこい」
この男は時に酷く幼い、曖昧な表現を使う。
そんなものを信じていない三成だが左近が口にすると嫌な感じはしない。
むしろ本当の事のように思うのは彼の男に堕ちている証か。
しゃがみ込み不適な笑みで三成を見下ろす。
「そんな事言って…竜田姫が俺に惚れて帰さぬと申したら次に泣くのは殿ですよ?」
「……左近、何処からくるのだその自信は」
「ま、姫もかくやという殿にほれてるんでそんな事有り得ませんがね」
「…お前の耳は今日休みか?」
こんな憎まれ口叩いた所で左近には真意がばれている。
それでも辛辣で皮肉たっぷりな台詞しか吐けないのは最早直せはしない悪癖。
「……」
己の意思の範疇外で手が動いた。
そう、と左近の、自分とは年季が違う使い込まれた武骨な、それでいて優しい、三成の好きな手。
それに指先が触れるか触れないか、頼りなげに甲の節に触れた。
一瞬、左近の顔が驚き、直ぐに若干険しい、三成を案じる時の顔に変わった。
「!−…殿、手が冷えていますよ」
「…そうか」
左近が部屋に入って、他愛のない会話をしていてすっかり忘れていた。
先まであれ程孤独に苛まれていたのに。
「こんなに冷えて…少し早いですが火鉢を出しましょうか?」
「いい…」
気の無い、本当に魂が込もらぬ声音で短く言った。
しばし無言で、外は雨降りなのに雨音は聞こえない。しかし確かに雨を感じる
不思議な空間を漂っている感覚を三成は覚えた。
ともすれば堕ちるような、浮かぶような。
切ないような心地が良いような。
左近、と声を掛けようとしたが左近の方が口を開いたので続きも全て飲み込んだ。
−どうせくだらない我が儘だ。−
「でしたら左近が揉んで差し上げます。血の巡りが良くなって温かくなるかも知れないですよ?」
「…かまわん」
触れていた手ともう片方と。
三成の冷えた白い手は難無く左近の両手に収まった。
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