駄文

□烏羽玉/掌上明珠
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【烏羽玉】


暖かな掌から零れ堕ちた珠玉は

水底で涙を流すー…





闇。
視界に入るは黒、黒、黒。一面の暗闇。


辺りを見回しても人はおろか、月の光りすら、あまりの深闇で己の体が在るのかさえ確認出来ない。


今立っているのか、浮いているのか。
天地の区別すら着かなくて途方に暮れてしまう。


顔を上げればうんと小さな光りの輪が。
太陽でもなければ月でもない。
それが段々と小さく、更に小さく今にも消えようとしている。



つぅ、と涙が頬を伝い落ちてゆく。
一筋、また一筋と絶える事なく。
三成にはそれが何を意味しているか解った。



遂には光り自身が消えたのか、はたまた闇に飲み込まれていったのか。
消えてしまった。





座り込み、俯いて只涙を流す。
泣くのは苦しい。なのに止まらない。ぼたぼたと音が鳴りそうな位の大きな粒が、切れ長の怜悧な瞳から惜しむ事なく溢れてくる。


目一杯水を貯めた瓶に石を投げ入れるように、哀惜や孤独が心の隙間に入り込み涙を溢れさせる。





「秀吉様…」


鳴咽の合間に聞こえた悲痛な呼び声。
還るに叶わぬその人の名だけが闇に響いた。



己が一体何をしただろうか。
身を刻まれるより酷な生きたまま心の臓を鷲掴みされるより惨いこの仕打ち。



夢であれば、夢であって、夢なら醒めてー…




こんな夢を視ていたら身も心も凍ってしまう。





金色(こんじき)に輝く光りはもう消えた。遺るは還らぬ人を呼ぶ、哀れな囚われ錦糸雀。
零れ落ちたは紅の珠。凍てつく水底で、暖かい日々を思い出しては涙を流す−








【烏羽玉】
−うばたま
枕詞。『黒』『闇』『夜』『夢』等にかかる。檜扇の実。【ぬばたま】【むばたま】とも。





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