駄文

□忘却の名、覚醒(おこ)す声
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半身を捩り驚いた顔を向ける。直ぐに柳眉を上げるとふて腐れた風に唇を尖らせた。


「何故あの者が知っていて俺が知らん…」


昔遊女やら女郎らに同じ言葉をかけられたら欝陶しいと思っただろう言葉が主から紡がれるとこうも愛しさが募るとは。


「何にやけている」


「いひゃひゃ!いひゃいれす!との!!」


うっかり顔に出てしまったのが見つかり頬をきりと抓られる。
この痛みさえ至福と思うのはすっかり病に侵されている所為か。



ぱっ、と罰を与えていた白魚のような指が離れた。
大袈裟に抓られた跡を摩っているとふん、と鼻を鳴らす。


「呼んでやる」


「はい?」


完全に体を左近に向け、ぴしと背筋を伸ばし座っている。
真剣な面差しも美しく高潔で、つられて左近も胡座を正座へと変えた。





「名を忘れられるのは寂しい筈だ。だから俺が呼んでやる」


「……」


誰だ、彼の人を『横柄者』と呼んだのは。

こんなにも優しくて美しいのに。
そう呼ぶ人々全てが明き盲(めくら)では無いかと左近は思った。


「呼ぶぞ」


「はい」


「呼ぶからな」


「どうぞ」


「……」


「殿?」


あれ程宣言したのに何時まで経っても先に進まない。
顔色を伺ってみれば耳まで朱に染まり口をごにょごにょさせ、言い淀んでいる。





「…殿、無理しなくても良いんですよ?」


「五月蝿い!俺は出来ぬと言われて引き下がった事は無い!………………




勝猛!!」



三成は言い終わった後に後悔した。
恥ずかしかったとは言え、もう少し色気があってもよかったのでは無いか。
謝罪を紡ごうとするが泰山よりも高い矜持が折れる筈も無く、
口は真一文字に塞がれる。


己の事で手一杯になっていてすっかり目の前の男を置いてけぼりにしてしまっていた。





「左近!……?」



三成は再び混乱に陥ってしまう事になる。





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