駄文
□東風、揺れる芥子花
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「…今…思えば…膝の上に乗せた事、頭を撫でやった事も無かった…。」
声が震え、肩が震えている。
「…何故……そんな簡単な事さえも…俺は…してやれなかったのだろう。」
悔やんでも悔やんでも悔やみ切れない。
名を呼んでやれば、頭を撫でてやっていれば、もっと幸せにしてやれたかも知れない。
これ程簡単な事すら今はもう、してやれない
涙がでそうだ。
刹那、ぐい、と引かれ隣にいた男の懐にすっぽり包まれていた。
頭に大きな、節くれ立った温かな手が置かれる。
「…殿。」
静かな声
「−…知っていますか?」
返答は無いが先を促す間だと受け取り、左近は続ける。
「黒猫は飼い主の代わりに死んで、主人の不幸を退けてくれると伝います。」
「…俺の代わりに?」見上げた顔は、微笑っているのに目は真摯な光りを宿している。
「そんな…。」
名もつけてやれなかった。触れてもやらなかった。
それでも俺を主人だと思っていたのか−…
左近は凄い。 目を見るだけで考えている事を言い当ててしまう。
「貴方がどう思おうが奴は貴方を主人だと思っていた。これは真実です。」
「俺は…。」
「殿の為に死ねるとは、奴も幸せ者だ。羨ましい。」
「俺…は。」
−何も−
「殿が悔やんでいるように、あの者も悔やんでいますよ。」
…−素直になれば−…
おい、と呼ばれた時に思いきって甘えていれば、名が欲しいと足に擦りつきねだっていれば−…
我が主はもっと笑ってくれたのではないか。
涙が溢れ出そうだ
首に腕を回す。
「殿。」
奥手で初な主にしては何と大胆な行動だろう
「…気を悪くするな。宵の代わりに頭、撫でてやる。」
と言うと、懐かしい色の髪を撫でた。
「しょう?」
「こいつの名だ。」
言って盛り上がった土を指す。
「この世のものでは失くなったものに名前とは妙な事だがな。」
大人しくされるまま、目をつむる様は本物の猫のようだ。
「いやいや…主を護って逝ったのです。諡を貰ったとて不思議ではない。」
「諡…か…。」
手が届くうちは気がつかず、