駄文

□鬼灯の朱、水面の碧
2ページ/3ページ

と、簪売りの娘に声を掛けた。


−帰り道、左近は気まずくて、三成は買い物疲れでか、会話は無かった。
(朝顔のような人か…殿に言わせる位だ。可愛い女性なのだろうな…島 左近らしくない色恋にこれ程悶々するとは…)
逆に言えば、それだけ本気なのだ。
「…殿ー?」
「何だ?」
「お聞きしたい事が。」
城の大手門の前、ここをくぐれば主と臣に戻ってしまう。その前に聞いておかねば。簪の行先きを。
殿、と言いかけた瞬間「あ。」
と三成が声をあげた。ドキリとして背が跳ね上がる。嫌な汗だ。 「ちょっと待っていろ−…。」
視線を上げればそこにいるのだ、あの簪の持ち主となる女性が。
「………。」



杞憂と言うのはこのような時に使うのか−
簪を受け取っているのは豊臣軍の母、北政所こと、ねねその人であった。
「嬉しいよ、あたしの誕生日覚えててくれたんだね?」
三成が評したような朝顔の花の笑顔が向けられた。
「先日から城内の至る所で言い触らしておいでだったでしょう」
無論、不器用な照れ隠しと言う事はねねにはお見通しだ。
「うん。有り難う。大事にするからね!」
叱責には慣れている三成だが、礼をとられる事には慣れていない。酷く擽(くすぐ)ったそうな様に自然、左近の目が細まった。



「殿も人が悪い。」
三成に歩み寄り、そう口を開いた。
「?意味が解りかねるが」
「左近はてっきり何処ぞの姫君にお贈りする為に選んでいたのかと…」
首を僅かに傾けると心底不思議そうに問い返した。
「お前がいるのに何故そんな事俺がしなくてはならない?」
問われた兵の目が見開かれる。自分はそんなに変な事を聞いただろうか?
「おい?」
左近は照れているような、困ったような顔をして
「殿…それ、すごい殺し文句ですよ?」
「……!!!!」
指摘され、初めて自分がどれだけ大胆な事を言ったかを知った。顔が熱くなる腕も肩も。恥ずかしくて目線が地面から離れない。
可愛いらしくて、美しくて、誇り高い愛しい愛しい我が恋人。
「殿、この左近実は受け取って頂きたいものが。」
上目使いで自分を見ている。愛しい。
包みからだしたのは先程却下された、大輪の椿が咲き誇る豪奢な簪だ。


「…これを俺に着けろと?」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ