企廓書庫

□塞ぐ恋情、切実なる愛情
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闇が形を変える。
闇が中央から徐々に薄まり、物の形が見えた。

見えたのは、よく見慣れた三成が閨の天井だった。

「…あ」

「目が、覚めましたか」

自分は寝ていたようだ。
枕元には左近がいた。

初めてみる表情だから、確かとは言えないが、不機嫌そうに見える。


「覚えていますか?殿は廊下で突然倒れたんですよ」

ぼんやりと思いを巡らせる。そうだったか。左近が言うのだから、そうなのだろう。

靄がかった思考が急に目覚めた。久しぶりに左近と目があったからだ。

どくん、と胸が高鳴る。まるで今まで心の臓が止まっていたようだ。

沸騰した血潮が巡る、巡る。
身体中、頭の先から爪先まで巡った血は、温度はそのままで、透明な涙となって目から溢れた。

左近は一瞬眉を上げたが、すぐに次から次へ溢れる涙を少し手荒に拭い取った。
左近の行動に、また涙が溢れる。


こんなにも想っているのに、忘れる事など、出来ない。



「…左近」

一拍間をおいて、厳かな声で短く、はい。と返事があった。

口は動くが、声が出ない。手が小刻みに震える。まるで子供のようだと、笑えたらどんなに楽だろう。

己は、彼の期待を、自分勝手に裏切ってしまう。


「俺は、お前が好きだ」

笑いを含んだ吐息が聞こえた。

違う。左近が勘違いしたような憧憬とか羨望とかそんな可愛らしい感情ではないのだ。

「…お前が好きだ。出来るなら夫婦になりたい位に」

「…それは」

「だが、念者、念弟になりたいと想ってはいない…上手く言えないが、好きなのだよ。左近」

言い終えると、まだ胸は苦しかったが、妙に清々しかった。

「失望したのなら、出奔してくれて構わんだが「左近も好きですよ」

息が詰まった。
何をそんな簡単な事をと言わんばかりの声音に、三成は目を丸くする。


「好きじゃ足りないですかね…そう、愛しています。夫婦になりたい程に」


「さこん…」

左近が笑う。見えた糸切歯は鋭いのに、何故か三成には可愛く見えて、つられて笑ってしまった。

目元は泣いてほんのり朱く染まり、潤んだ瞳は水に濡れた宝玉のよう。
左近はいつまでも、この時の三成の笑顔を、“露に濡れた牡丹のよう"と誉めそやしては三成を赤くさせたという。


「やっと笑ってくれましたね、左近の可愛い人」







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