企廓書庫
□塞ぐ恋情、切実なる愛情
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「…そう、見えるか…」
「…三成?」
先まで興奮気味に自慢の家老の話しをしていたのに、牽午子花のように萎れていく弟分に、吉継の形の良い眉毛がぴくん、と上がる。
何か彼の気を落とさせるような事を言っただろうか。
平素は、腕が丸太の如き武将にさえ怯む所かやや吊り上がり気味の目元を更に吊り、辛辣な言葉を吐くというのに、こういう時は、見ているこちらが気の毒になる程気落ちしてしまう。
「三成…」
白い手を三成の肩に手を伸ばす。
しかし三成は吉継の手が肩に辿り着く前に、さっと立ち上がると、
「もう、帰る…」
と、先の熱弁を振るっていた声と同じとは思えない、小さな声で暇を告げた。
吉継は暫く見つめていたが、溜め息を吐いて、三成を見送った。
引き止めたり、訳を聞きだそうと吉継がしなかったのは、それが無駄だと幼い頃からの付き合いで分かっていたからだ。
「噂の家老殿にお縋りするしかないか…」
三成の乗った駕籠を見送りながら吉継は呟く。
口に出してみると寂しい。考えてみたら、嫁に出る娘を送る父のようではないか今の自分は、と吉継は微苦笑を浮かべた。
「お帰りなさい。殿」
左近の声が好きだ。
静かに揺蕩う声が、心地好い。
「お加減が悪いんですか?」
「…」
常であれば臣下は主が駕籠や馬から降りる際は跪いて待つ。しかし左近は立って、のろのろとなかなか駕籠から降りられない三成に手を差し出した。
ぼんやりと左近の顔を見上げる。燻した銀のような髪がさらさらと簓の音のように、背中を流れた。
目元の傷が精悍な顔に艶を足している。
常ならばうっとりと眺める左近の全てが今は、痛い。
三成は一度固く目を瞑ると、左近の手を押し退け、自らの力で立った。
顔は見れない。
ちらりとでも見たならば、泣いてしまいそうだからだ。
父母代わりに育てられた豊臣夫妻にも、幼い頃から一緒に育った清正らや、兄やのような吉継にもこんな感情を持った事は無い。
どれにも似ていて、どれとも違う。
これが、恋慕。
端から叶う事の無い恋。
その日から、三成は頻繁に夢を視るようになった。
夢の中の三成は縁に、崖っぷちに似た縁に立っている。
足元の覚束ない縁から望むのは、淵だ。
真っ暗で先の見えない、淵。
落ちてはいけないと叱咤する一方で、落ちてしまいたいと思う。
悪夢にも似たそれに、頼りになる家老は出てきてはくれなかった。
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