其ノ弐

□鎹(かすがい)
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−どう接して良いのか分からない。−

昔のように戻るには、互いに我を通し過ぎた。
それに、戦後処理で領地没収やらの咎めは受けたが、己は罪人。三成の今後に差し障りが合っては己が許せないと言う。


「先程、殿は左近に“お前の主は誰だ"と聞かれましたね」

ちらりと背中を向けていた左近に視線を移す。身体ごとで無いのは、三成の生きにくい気性の所為だ。

左近は笑っていた。
平素の眉間に皺を寄せた困ったような笑みでもなく、閨で見せる獣のような笑みでもなく、酷く穏やかな笑み。


「左近の主は石田三成唯一人ですよ」

二人の歳の差は親子程もある。その所為か、三成がこうなると何時もは子供を宥めすかすかの如き口調になるのだが、今は違った。

宥めるのでもなく、はぐらかすのでも無い、真っ直ぐな左近の言葉は三成にはくすぐったかった。そうしてまた、己の何と幼い事かと思い知らされる。


「豊臣家と言う家があります」

例え話ですと左近が言う。

殿が支える大黒柱となり、正則が人々が憩う床となり、清正が皆が雨風に晒されないような屋根となる。

「さて、素材があってもそれだけでは家は建ちませんよね?」

それぞれが支え合う為の要、

「鎹(かすがい)−…」

三成の掠れた言葉に左近がずい、と指をさす。

「そう、それです。崩れた家でも匠の技と鎹があれば必ずまた立ち上がる」

「その二つにお前がなろうと?」

「殿がそれを求めるなら」

主である貴方が求めるなら。

言わなくても分かる返事を求めているのは、この男が、この至高の侍が己が家臣である為だ。

「…あー…左近」

「はい」

「俺は今日花見がしたい












清正を呼んでやれ。俺では蟒(うわばみ)のお前には付き合いきれん」

三成の言葉に御意と返事をし、礼を取る。背筋が伸びるような凛とした礼だ。

いびつで軋む不格好な家だけど、そこに住むはさぞ楽しかろう。

左近はさぁ、腕がなるぞとくせ者の笑みを浮かべた。




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