其ノ弐

□鎹(かすがい)
3ページ/5ページ



三成にとっては、この左近を家臣にと訪ねた日位の告白であったのに、こんな時に鼻をかまれては本当に小さな子供のようではないかと唇を尖らせる。

目も拭かれた。乾いた布だから、鼻も目もじんじんと痛む。
ばつが悪くて、気付かれないようにと髪の間から伺うと、ばちっと目が合った。三成の考えてる事が分かったのだろう、目が合って寸の間、苦笑いにも似た笑みを左近は浮かべた。

「泣いてしまわれるとは…意地悪し過ぎました」

左近の言葉に含みを感じ、考察すると、三成にとっては不愉快で腹立たしい結論が導き出せた。

左近は、三成の無自覚の嫉妬に気付いていながら、心情を酌む所か、それを弄んでいた。何という事だ。かっとなった三成は、左近の顔面に固く握った拳を飛ばした。

「っと…」

同じ男とはいえ、相手は戦場を悠々自適に駆け回る歴戦の猛者。
渾身の一撃はまるで木葉のように軽く捕らえられ、逆にそのまま、ぐい、と身体を引き寄せられ、左近の抱きしめられてしまう。


「離せ!馬鹿!阿呆!お前なぞ馬に蹴られて死んでしまえ!」

「殿がいけないんですよ」

妬きもちを焼く殿があんまり可愛いから。

何とも身勝手な言い分に更に抵抗を強める。それすらも左近はふふと笑って楽しそうだから、三成は悔しくて悔しくて仕方がない。

ぎゅう、とそこかしこを抓ってやる。流石に効いたのか、三成を束縛していた腕が緩んだ。

「ああ、いてて」

「俺が優しい主で良かったな。普通なら主を弄んだ罪で切腹を言い渡される所だぞ、左近殿」

つん、と言い放つと、左近は眉根を寄せて笑う。本当に左近は良い主を持ったものですと、へらへら言うものだから、三成の苛々は全く解消されない。


「殿、」


呼んだ三成からの返事はない。
常に無いことではないので、左近は構わず言葉を続けた。

「清正さんがね、こんな事を言うんですよ」

清正の名前に主の後ろ姿がぴくりと反応する。
このような言い方は大変失礼だが、三成の扱い方は誰よりも熟知していると左近は自負している。

現に、話しの続きが気になるのか、視線がそろそろと左近に向いた。

「清正が、どうした」

短く、小さく言う三成に苦笑が込み上げてくる。
加えて、そんな面倒臭い所も可愛らしいと思えるのだから大分参っているのだなぁ己も、と自嘲の笑みも浮かぶ。

「“俺も三成も間違った事などしていない、でも"」




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ