其ノ弐
□鎹(かすがい)
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「ぷはっ!−…左近何を!「あんな言葉、清正さんに言ったら後悔するのは殿ですよ」
平素あまり聞かない、真摯な声音に、身が緊張する。
そんな事分かっている。
不忠者
そう言われるのを承知で離反していたとしても、清正は敗戦して更にそれを突き付けられているに違いない。
その上、兄弟同然の三成にそれを言われたらどんなに悲しむかは、三成自身も分かっている。
「清正さんは根っからの忠義の士です。そういう人は主を失うと酷く、脆い」
それも分かっている。
近くで見てきたのだ、彼がどれだけ秀吉夫妻を愛していたか、豊家に忠義を尽くしてきたか。彼にとって豊臣家は、いっそ自分の命だ。
でも、
「清正さんは、今、頼る相手が欲しいんです」
発した言葉があまりにも子供じみていて、己でも情けないからか、感情が激したからか、涙が溢れた。
「お前の主は誰だ!?俺だろう!?」
「殿…」
清正がどんなに心細いか、分かっている。
でも、
清正が佐和山に来てから、左近と二人でいる時間は極端に減った。その前から、新しい主君の政で三成は重要な席を設けられ、日々忙しくあまりいられなかったというのに、
清正はと言うと、三成が懸命に幼君とその母に口聞きをし、助命を願わねばならない程危うい立場であった。
分かっている
分かっている
分かっている?
清正と話しをしている姿を見る度、笑い合っている度、心がすかすかとしたり、燃えるように苛立つ俺を、
左近、分かっているか。
ぐっ、と目頭が痺れる。
言葉を、涙を堪えると同時に、必死に睨みつけているからだろう。
視界が歪む。
気になる左近の表情は見えない。
呆れているだろうか、それともこんな者が主かといっそ悲しんでいるだろうか。
ぐすぐすと鼻を啜っていると、先に口を塞がれたように、鼻を塞がれた。
鼻を拭かれているのだと気付くのに時間がいったのは、鼻をもぎ取らんばかりに強くつままれていたからだ。
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