駄文
□挽歌
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闇だった。
しかし三成がいた闇よりずっと明るいと彼自身は思い、事実天には見事な真円を描いたまろい雌黄の月が闇夜に滲んでいた。
−ここは−
頭を巡らせ辺りを見回せばあまり広くはない板張りの堂に簡素ながら秀逸な何やらの仏を象った木像が、清麗な月影を得て更に神々しさを漂わせ鎮座している。
何処かの寺の堂か、冴える月影と共に曇っていた思考もゆるゆると動き始め、物の名前を思い出せるようになったが、何故ここに自分がいるのかといった大事な部分だけはいくら考えても答えは出てこなかった。
確か光輪に手をかけたと思ったのだ。
あまりに眩しくて目を閉じて、次に開くとここにいた。
−…人?−
目を細め、見つめる。
人と疑ったのは、その人が座り込んだ形の影が微動だにせなかった事と、生きている気配がしなかったからだ。
−誰だ…?−
坊主で無い事は人物が髪を、しかも背に掛かる程の長い髪をしている事で分かった。
黒、というよりは月明かりの元燻した銀に似た髪が、よく見ると短かかったり長かったりする部分があり、所によっては焦げた風にもなっている。
見目が良いとはお世辞にも言えそうにも無いが、どうしてかそれが愛おしく見えて仕方がなかった。
別に足音を忍ばせる必要は無い、なにせ自分に足は無い。この世の人には視えざるものなのだから、
どのような所以あってそうなったかは思い出せないのだが。
−俺は…この者を…知っている−
分からない。
どういう関わりを持ってどのような出会いをしたか、分からないのに“知っている”。
それだけははっきりと分かった。
思い出せないからか、分かったからか。無い筈の胸の奥、心の臓が痛く苦しい。
月影が縁取る横顔が見やれる場所にまで来ると胸の苦痛は更に酷くなった。
−お前は…俺の何なのだ−
しゃがみ、間近にするとどうしようもなくそわそわとしてしまい、逃げ出したくなる。
だが退けば近寄りたくなる。
車のように廻る矛盾に叫び出したい衝動に駆られた。
一体お前は誰なのだ、と。
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