駄文

□挽歌
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風が肌に心地良い日和だった。

金風に芒はさわさわと頭を傾げ、鋭い葉先には夕焼け色の秋茜が薄い翅を煌めかせ佇んでいた。

酷く穏やかな日和であった。

ただ惜しむべくは秋の高い空を見上げる事が出来なかった事。


きっと空は蒼いだろう。

だが直ぐに迫って来たのは蒼穹でも黄昏でもなく深く深い漆黒であった。













暫くは自分が誰であって、何をしていて、どんな人間であったかを思い出すなど手を挙げるに等しい程に易い事であったのに、

最近は眉間に皺を寄せて考えなければ思い出せなくなっていた。
最初はそれがとても恐ろしくてこの奈落の常闇よりもまだ深い闇に落ちるような錯覚に狂うかと思ったが、今になっては何故それが恐ろしくて切ないものだったかすら思い出せない。


そうすると次に不可解な感覚を覚えた。

糸、

のようなものか。
見えない細い何かが身を包もうとする。
様は蚕が繭に変じようとするが如く、糸は掃っても掃っても日に日に量を増やす。

抗うのが億劫だと放っておくと真実繭になるように手足の自由は奪われ黒ばかり映す視界は段々黒から灰、白へと変じていった。


何もかもが終焉(おわ)りなのだ。

漠然と靄がかった視界に似た思考がしっかりと“終焉”だけを刻んだ刹那、



まばゆいばかりの奇羅星か、日輪の如き光輪が直ぐ手を延ばせば得られるそこに表れた。

この闇もまばゆい輝きも先が視えぬのは同じ。
何が待つかは分からず恐ろしいものなのに、


凍りついていた腕は迷うことなく身を包む糸を引き千切り、輝きを求めて手を延ばした。

−何も変わらない−

終焉を刻んだ思考は告げる。

何も変わらない。
何も変わらないのにどうしてこんなに胸が熱く、目頭が痺れてしまうのだろう。

親を求める童のように三成は手を伸ばした。


彼の名前は三成と言った。



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