其ノ弐

□小咄詰め
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関ヶ原・2011-09-15
死ネタ、流血表現有

東軍において、島左近の姿格好を正しく話す事が出来るものは皆無だった。

ある者は白い刃羽織りであったと言い、ある者はいや、赤だったと言った。

手には幅の広い斬馬刀、いや、槍だ、弓だとこれまた語る口によって違う。
誰かがそれでは阿修羅だと笑った。

声は銅鑼のよう、或は彼方の地、幽谷の王。虎の吠える声のようだとも。


語る度に増える尾鰭にほろ酔い気分で戦勝に沸く人々が笑う。

誰もまともに島左近の姿を見ていないのかと。
語った方はむっとしながら黙り、酒を啜る。


早く忘れ去りたい。
忘れなければ眠れはしない。

あの男を。



誰も嘘は吐いていない。

確かに左近の陣羽織りは白であった。

しかし見る間に己が血と返り血に染まり赤に変わっただけの事。乾く間も無く斬り伏せ続け、見事に染め抜いて見せたのだ。

左近の得意の得物は斬馬刀。

しかし何百と相手にする内に刃が毀れ、対した敵から奪い取り、槍で串刺しにし、馬上から正確に首を貫いてみせた。


声を枯れんばかりに叫び、注意を向けさせる。

何があっても気付かせる訳にはいかぬ。
主が退く時間を稼がねばならぬ。

決死の覚悟が音になるといっそ獣の鳴き声に似るらしい。


そんな中、宴の輪にも混じらず膝を抱え火を見つめる兵士がいた。

年端も行かぬ子供の兵士だ。
兜を下ろすと赤茶けた珍しい色の髪をしている。


そろ、と少年は自分の頭に手を置いた。

あの戦場で同じように置かれた掌は酷く重かったのを思い出す。


彼は戦場から逃げ出していた。

茂みで戦の音が止むのを必死に待っていた。父母の元に帰りたいと念仏を唱え、身を小さくして。


不意に藪を掻き分ける音がして、振り返ると血に塗れた男が立っていた。
八尺はありそうな男の身の丈よりも大きな刀に縋っていると言った方が正しいかも知れない。

男は満身創痍で敵であれば首を取ったら大手柄になりそうな風格があった。
しかし少年は刀の柄に手をかける事すら出来なかった。

満身創痍の中でその双眸。
正に猛禽のそれが爛々と光って刀に手をかける所か僅かにでも殺気を見せたら殺されると感じたからだ。

「…」

え?と聞き返す。男は首を振り、少年の頭に手を置いた。ずっしりと重く、兜を何処かで無くした頭に暖かい。まるで父の掌のようだと思った。

「もうすぐ…戦が止む。それまで…ここに…いろ」

「あなたは誰ですか?」

少年の言葉に男はにっこりと笑って答えた。

「誰でもないさ」


俺はもう死んだんだ。

大事な人に「死んでくれ」と言われた。その瞬間死んだ。

聞いていれば言葉の不思議さに首を傾げても良かったが、血濡れの男があまりに事もなげに話すからそんなものなのかと納得した。

「だから俺は何でもないし、何にでもなれる」

「お前がそれだと思ったら、それが俺だ」

じゃあな。
言って男は草藪に姿を消した。












「島左近…」

彼は島左近だったのだろうか。
きっとそうなんだろう。

自分がそう思ったのだから。
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