其ノ弐

□異世恋歌
5ページ/7ページ



再び静寂が幕舎に包んだ。
馬乗りになったまま見下ろす馬岱は、まばたきさえ忘れたように身じろぎ一つ起こさない。

無理も無い。
同姓の−馬超達の時代、同性同士の恋はおかしい事では無かった。−しかもたった二人きりの身内に欲情されていたなどと、身が竦んでしかるべきだ。


それでも
馬超は伝えたかった。

「俺は…お前の亡骸を見た時、苦しみ抜いた。死んでしまうかと思った」

枝を折られた連理の如く、翼をもがれた比翼の如し。押し潰さんばかりの後悔に、張り裂けんばかりの悲しみと怒りで持って馬超は妖魔共を殺して回った。
顔も知らぬ仇を探して。


「そうして…かぐやに“過去を変えられる"と聞いた時、俺は嬉しかった」

もう一度。
もう一度があるなら、

「お前に伝えねばならない気持ちに気付いた。」


もう二度と失いたくない。
従兄弟だからとか唯一の生き残りだとかじゃなくて、

「愛している」

馬岱と言う人を。それが家族に対するそれや友愛と何が違うと言われれば、馬超は分からないと答える。
全部を含めて馬岱が好きだ。二度と失えない。


不意に馬岱の灰青の双眸が一際揺らいだ気がした。

すぐに双眸は両手で覆い隠されてしまい、くっくっ、と馬岱の胸が揺れる。

「岱」

諱で呼ぶと、馬岱の口が苦痛そうに歪んだ。

「若ぁ…だめだよ」

声音は平素を装うとはしているが端々が震えている。こんなにも泣いたり怯えたりと言った負の感情が露になった馬岱は初めてかも知れなかった。

「若は…馬家の生き残りなんだから…」

綺麗で優しい奥さん見つけて、可愛い子供を産んでもらって、馬家を繋いでいかなくちゃならないんだよ?

「だから、だめ」

「それは男女であれば誰とでも出来る事だ。だが、真に愛しいのはお前だけだ、岱。お前はどうだ?」


俺が好きか?

何の捻りも無い真っ直ぐな言葉に馬岱の肩がびくんと撥ねる。

馬岱の腕を掴む。力無く腕は剥がれ、覆われていた顔は、真っ赤だった。

潤んだ瞳が馬超の色の薄い、いっそ金に見える双眸を射る。
馬岱が口を開いた。何かを迷うように音が続かない。暫くして馬超の視線に負けたのか、それとも制止していた馬岱の心が負けたのか、わななく口ですき、と言った。


「俺もすき」


次に顔を赤くしたのは馬超の方だった。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ