其ノ弐

□きらびやか
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廊下を歩く影二つに誰もが視線を奪われた。
ある者は呆けたように口を開け、ある者は過ぎる影を追い振り返る。



一つは真っ赤。

半裃の肩衣から袴、小袖までが赤。しかし微妙に色が異なる。
中から順に暗紅、紅、緋色と色が明るくなり、まるで夜明けのようだ。


常人であれば鮮やかなその色に浮いてしまうものだが、白皙の肌に涼やかな目元に紅を引いた三成が着ると、荒馬のように扱い辛いその色は、いとも簡単に馴染み、彼の美貌を補佐している。
一見見ると無地に見える。しかし肩衣の背には一つ蝶の紋。

大きく、片羽だけを模した刺繍は大胆だが仕事は繊細だった。揚羽蝶。しかも黒の揚羽蝶はよくよく見ると羽の細かな模様まで絶妙微妙に糸の色を変え、刺繍の密度を変え、縫い上げられていて、今にも背中から抜け出し飛びたってしまいそうだ。


一方後ろに二歩三歩控えて歩く左近は黒。こちらは小袖も裃も同じ艶の無い黒。夜の色だ。
雪輪、雪華の紋。夏に雪の紋様を着るのは過ぎた冬を思わせ、見る者に涼を、という配慮だ。


かしましく騒ぐ犬には無視をするのも良いが、二度と吠えかからぬよう鼻っ柱を叩いてやるのも良策と、左近は本日の三成の衣装に一から十まで口を出した。

衣装を誂えたのは左近が贔屓にする仕立屋で、殊更に腕と手間隙をかけて裃を仕上げた。
仕立屋はこんな色合い男装の麗人でなければ着こなせまいと悪童が悪戯を持ち掛けるような笑みをみせた。


−やはり俺の目に狂いは無かった−

通りすがる男も女もが彼の方、三成を視線で追い、振り返る。

たまたま何処からおわした深窓の姫君が顔を出し、三成の余りの麗しさに目を回したようで背後が大騒ぎだ。

瞬く間に噂になって広がったのか、二回程廊下を曲がった頃には命知らずの挑戦者が三成の行く先から顔を出してくる。


それに居心地が悪くなったのか、常々速い三成の歩調が遅くなり、ぼそぼそと左近に話しかけてきた。


「左近。これは仕返しでは無かったのか?」

すっ、と正に纏う色、影の如く三成の横に並ぶと同じくひそひそと返す。
結った髪からしゃらん、と冷涼な音が鳴る。


「そうですとも。陰口を叩いていた弱虫毛虫は見つかりましたか?」

「顔は知らん。声だけだ…ではなくて何だか俺が罰を受けているようなのだが」

三成が左近にだけ分かる不安げな視線を向けた。
左近は三成の視線ににっこり笑顔を返す。


「ええ、人を呪わば穴二つとはよく言ったものですね」

「な゙ぁっ!?」

「おっと。今日は左近に任せてくれるのでしょう?真っ直ぐ。よそ見をせず高慢ちきなお顔で歩いて下さい」

先のしおらしさは何処へい行ったのか。憤怒を孕んだ視線を左近に投げ、しかし素直に言う事を聞いて三成は真っ直ぐ、太閤殿下の部屋へと進む。

噂が立つ程までにしておけば、以後三成がどんな格好しようと美しさを隠す簑だとされ、陰口も減るだろうと左近は考えた。


−まぁ、見て石田治部少輔様を−

しゃらん

−素敵素敵。まるで神話の神様のよう−

しゃらん


−ああ、見ろよ石田殿だ−

しゃらん

−麗しい。あれで本当に男か−

しゃらん

歩く度に左近の髪に刺された簪が揺れる。
銀で先には細く繊細な造りの鎖に吊られた、これまた華奢で繊細な虫篭型の飾りは音を立てていた。

−石田様も素敵だけど…見て、お付きの方もなんて素敵−

−島左近様よ。こちらを見たわ!なんて艶っぽい眼差し−


彼女達の喜びは、悲しくも報われない。
あの眼差しはただの優越感と言う湯に浸って浮かぶ淫靡な視線。


お前達が涎を垂らして見るだけの蝶は、俺の物だ。

そんな言葉を表すかのように、簪の虫篭飾りが一際高くしゃりんと鳴った。





終わり

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