其ノ弐

□七夕異譚
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別にこちらも好きで死ぬ訳で無いのだから、望むよう、寝付く以前のようにしてもらいたいと半兵衛は思っていたから、官兵衛との会話は楽しい。


ただ、

「ねぇ、官兵衛殿」

呼ばれて官兵衛の表情が僅かに揺れる。
官兵衛との時間が楽しくて、愛しくて、つい本音が、甘えが出てしまうのだ。


「官兵衛殿は勝手に来ちゃ駄目だよ」

「…」


「俺が迎えに行くから、その時まで勝手にこっち来ないでよね」


世の中はこんなで、
俺はこんなだから。

何処にも好きに遊びに行けなかったじゃん?


と半兵衛は続ける。
それに官兵衛はいつもの呆れた風な口調でそうだったかなと返した。

実際彼は自身で嘆く程しおらしくはなかった。頻繁にあちらこちらに出歩いていたみたいだし、人に執務を押し付けて昼寝ばかりしていた気がする。


「先に行って楽しい所探しておくからさー」

「おや、卿は生前に山程人を殺しておいて極楽浄土にでも渡る気でいたか」

「どっちでもいいよ」


官兵衛殿が来るなら、どっちでも。穏やかな笑顔で言う。


不意に、遠くからうねるような雷鳴が聞こえた。
急に蝉の声が止み、吹き込む風が先までとは打って変わったひんやりと熱気に茹だった肌に心地好いものだ。

夕立が来るのだろう。

「ふぅ、やっと寝られそう」


言って目を閉じる。
喋って、あの黒に近い紺青の双眸がくりくりと開いている間は溌剌として見えたのに、床に臥し、目を閉じると半兵衛の顔はまるで別人のように見えた。

真っ白で生気を湛えない顔は不吉な例えが相応しい。死人のような、と言う例えが。


「雨、止んだら起こしてね…」

言い終えるが早いか、最後の方は酔人が橋を渡るような心許ない語調で半兵衛はとっとと寝てしまった。

最近官兵衛は狸寝入りかそうでないかの見分けが付くようになった。
これは本当に寝ているな、と官兵衛は判断すると、子供のように蹴りだした布団(心配性の主が使うようにときつく命令した上で下賜したぶ厚い布団)を足元に、その上にかけてあった夏用の小袖をそっと半兵衛の身体にかけてやる。




ああ、起こしてやろうとも。

夕立の、激しい雨に叩かれた玉梓の花が芳しく匂い立つ頃。夕暮れが心騒がせる程に赤く、朱く染まった頃。必ず起こしてやろう。

三途の川が我等を隔ててしまうその日まで。








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