企廓書庫
□奇つね狐譚
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二、三日はふかふかとした尾を触らせてもらったり平素ないことを楽しんでもいたが、流石に七日過ぎると焦りが出てくる。
四日辺りから、手足も獣じみ、面も血が通った生き物臭さがでてきて本人は気付いていないが、時折人語に解せぬ獣の鳴き声が会話の中に混じようになっていた。
左近は人前に出れなくなっても室内で出来る執務に勤しんでくれるが、やはり少なからずの皺寄せが三成にやってくる。
執務が立て込み夜も更けた頃に部屋を訪ねると、必ず申し訳ないと頭と耳と尾を垂らす様が切なくて、
「お前がいなくとも何の支障もない、元よりお前が放浪している間は俺が全てを執り行っているのだから」
と左近の弱音を突っぱねる。
そうして激務よりまだ大変な事態になっている左近に気を使わせている不甲斐ない己を叱咤し、躍起になって執務をおこなう。
執務だけならまだしも左近の面を剥ぐ方法も同時に行っていた。
城下にひっそり降りては話しを聞いて回り、結末が『死して離れた』というもの以外は全て試す。
稲荷神社に供物を捧げる。
北斗を百度を拝むというものに、犬に吠えさせる、箒で尻を叩くなど何とも言えないものまであったがどれ一つ効果を示すものはなかった。
遂に昨日は左近の鳶色の瞳でなく、鶸色に黒い三日月を浮かべた眸が三成を歓迎した。
はぁ、と重なる疲労とにっちもさっちもいかない怪異に疲れきった溜息を落とす。
「殿、疲れているでしょう?もうおやすみなさい」
「大事ない、俺の身より自分の身を案じろ」
日々刻々と身が獣へと代わりゆく恐怖とは如何様か。
大変なのは左近であるのに布団に横になると直ぐに睡魔が覆いかぶさってくる。
実は三成は最近眠るのが恐ろしくて仕方なかった。
恐ろしいが眠くないわけではない、背を撫でられると直ぐに夢うつつの境が定かではなくなった。
「左近!」
襖を開き大声で呼ばる。
が、どこからもいらえは無く、焦燥としたものだけが胸を焼く。
三成が恐れたこと。
それは左近が身も心も獣へと変貌し三成の元から消えてしまうこと。
ばくばくと心の臓が半鐘のように掻き鳴らされる
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