企廓書庫

□奇つね狐譚
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商人は、実は…と切り出した。

自分が件の面を持っていると、興味本意で手に入れたは良いがどうにも気味が悪く、また“おさき狐”でも憑いていたら商いを営む己が家では大変困った事になるのだと揉み手をしつつ困り顔。

それで。
商人は続ける。

大抵実は、それで、と続くと良いことは無いと左近は知っていたが、大人しく最後まで聞いた。

花代を自分が持つ代わりに、面を貰い受けてはくれないかと申し訳なさそうに、かつしたたかな笑顔を浮かべ商談を耳打ちした。

じろりと睨んだものの、年の割に左近は好奇心が旺盛であった。

一国の宰相とも言える左近にすれば端金。
だが、どんなに小さな金でも節制は主が口を酸っぱくしていること。左近は申し出を承諾し、面を手に入れた。

帰り路に試しに付けて見たら見事、噂通り面は左近の顔に張り付いて今に致るのだという。


「面については…信じたくないが信じよう。だがその恰好は…」


「いや、実は…」


平常心を取り戻した三成が問うと、ばつの悪そうな声音で左近がはらりと被衣を取った。



窮屈だったとでも言いたげに、ぴんと張った大きな耳が顔を出し、ゆらりと犬にしては柔らかな、猫にしては太い尾が現になった。

つやつやとした白金の毛がふっくりと膨らむと夢のように気持ち良さそうだ。


「あ…あ…」


怒鳴るか慰めるか怒るか何か言わねばと思うのだが意味を持たない言葉の端々のみが口から出てくる。


「殿?」

「ぎゃっ!!!」


傷付きますねぇ何ておどけて見せたが、三成は真っ青になっている。
固いはずの面の口がすらりと裂け、左近が発音した通りに口を動かしたのだから無理もない。
指摘すると口元に手をやり本当だと別段驚きもせずに口を開け閉めする。


「ま、これで飢え死には免れましたね」

「お前は…うつけなのか大器なのか」

はは、と笑う。面の細く釣り上がった双眸が弧を描いた。

「御遣い殿であらせられるなら神の眷属として取り殺したりはしないでしょうし、悪戯狐だとしたら気にかけなきゃつまらんと直ぐにどいてくれますよ」


のんびりと釣り糸でも垂れる風情の言い様に三成も何とかなるかと楽観的に狐面を見つめた。




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