企廓書庫

□奇つね狐譚
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−ある者は古く命婦の名を戴いた御遣い狐の魂が篭っていると。
またある者は悪戯好きの野狐が行者に返り討ちに遭い封じられたのだという。−

「とにかく胡散臭い面なのだろう?」


神仏を焼き払うことに躊躇いを見せなかった今は亡き総見院とまではいかないが、三成もまた霧や霞のようなもやもやとした正体が解せぬ怪しいものは信じない質であった。

そんな三成にとって、くだらんと一蹴して終わるような話しを何故この男は出してきたのだろう、思いながら左近の言葉に耳を貸す。


「この際事の始まりは置いといて…顛末聞いてますか?」


「確か…付けると取れなくなるんだとか…」


はた、と気がついた。
嫌な気だ。

いくら時場所を選ばず拝謁を許し、人を食った性格の家臣であっても面を付けたまま主の前に参じるなどという無作法があるだろうか。


「狐面…」


左近が付けているのも狐の面。

深雪の白地に闇夜を塗り付けたかのような目、鼻、口、髭。それらを縁取る目の覚める猩々緋。
見事な意匠だが、見事過ぎて今すぐにでもぎょろりと目を剥きそうな生々しさがある。


「まさか……!!」


信じたくない最悪の事態が想像でき、払拭する為無理に左近を屈ませ面の端に手をかける。

が、
あるべき人の皮と面を隔てる縁が無い。
三成は血の気が音を立てて引いていくのを感じた。


縁が無いならと今度は狐独特の長く尖った鼻っ柱を掴みぐいぐいと引っ張る。
女と見紛う玲瓏な風貌だが一国の主。万力込めて引くのだが、取れる気配はない。
しかも左近が痛いと呻くからもう頭がくらくらとしてくる始末だ。


「痛い筈があるかっ!!俺は面を引っ張っているのだぞっ!」


悲鳴にも似た声音で怒鳴りながらも腰が抜けてへたりと座り込む。
完全に気が動転している三成を、左近は背中をぽんぽんと撫でて落ち着かせる。


左近いわく、昨夜人と情報が集まる花街に赴いた時のことであるという。

そこで某という、いかにも羽振りが良さそうな商人が先の左近のように“とうかの面”の噂を知っているかと話しかけて来た。

左近は訝しいと思いながらもああ、と返事を返してしまった。



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