企廓書庫

□出逢い五月雨
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懐紙の包みの中から現れたのは白地の皮に見事な意匠の藤の花が施された茶菓子。
こういった陶磁器の置物にも見えて、いつまでも手の内で眺めていたくなる。


「さ、食べてみて下さいよ」


それでも口を付けようとしない三成に男はお代はいりませんからと困った風に笑って告げた。


「あ…もしかして実は甘いものが苦手だったりします?」


ふるふると頭を振る。
だが、初対面のただの和菓子屋の職人に、我が家の事情を話すわけにもいかず図らずもだんまりを決め込むかたちになってしまった。


「嫌いじゃないなら…食べてやって下さい。貴方に合うと思って選んできましたから」



男の言葉に気を使わせているのだと三成はおずおずと口を付ける。
外側は饅頭の皮とは違いしっとりと柔らかかった。
中の餡は甘いがくどい甘いさではなく、さらさらと舌の上で解けて甘い淡雪とでも言うような舌触りだ。

前に和菓子を食べたのはいつ頃か思い出せないが、それでも目の前の男がいかに優れた職人かは三成にも分かった。


「…旨い…」


もう一口食べると男の和やかな目と目が会った。
変な居心地の悪さを覚えて直ぐに視線を反らす。


「よかった。やっと笑った」

「え、」

言われて思わず声が上がる。

「憂いた表情も良いですがやっぱり笑った顔も綺麗ですね」


「な…!?」

同性に言われれば嫌悪感を覚えても良い台詞なのに三成の顔はかっ、と火でも点いたように赤く染まり心臓は強く胸を打つ。

彼は別段変わりもなく東風のような笑顔を向けていた。





「有難う…ございました…」

客は店先まで送るのだと言った。
雨はもう止んでいて藤から雨垂れがきらり光っては地に染みてゆく。


「御礼なんかいりませんよ、和菓子が好きな人に俺の作った菓子を食べて貰う。当たり前で一番幸せなことですから」


どこかを見つめて幸せそうに細めていた目がこちらを向くと、慇懃に頭を下げて有難うございました、お気をつけてと、


「また、来て下さい」






明くる日三成の姿は通学に使う路からそれた武田屋の前に。

空は夏色日々深まる天色のであった。



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