企廓書庫
□出逢い五月雨
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何だか頬が熱い気もして目を合わせ辛い。
元々母から、人と話しをする時は目を見てと注意されることがあったがそれとはまた違う感覚だ。
「好きなのはありませんか?」
「分からない…あの、俺はあまり和菓子を食べたことがないもので…」
三成の父は全国に手広く商売を持つ洋菓子チェーン店の社長であった。
小さな頃からよくケーキやクッキーがおやつのテーブルに並び琥珀色の紅茶が用意される。そんな家庭に育ちながらも三成はよく舌に馴染んだ洋菓子よりも、昔から何故か和菓子の方が好きだった。
逆にそんな家庭だからこそ強く和菓子に惹かれたのかも知れない。
普通の家庭なら母に少しだけ我が儘を言って買って貰えただろうが、明るい幸せな三成の家には事情があった。
三成はもらわれっ子。
三成だけでなくあの家の子供は皆家庭の事情やらで養子に出された子供。
父も母も実の子以上に可愛がってくれる、それがまた三成には辛かった。
血も繋がらない自分を“洋菓子”で養ってくれて、人並み以上の生活をさせてくれている親を思えば和菓子を買うことは三成には躊躇われた。
たまに何かの折に和菓子を頂き食べる時も無意識に親の顔を伺ってしまう。
父も母も旨いうまいと食べる兄弟を咎めるどころか、嬉しそうに眺めているがそれでも和菓子を食べるのはどこか後ろめたいものだった。
「…ちょっと待っていて下さいね」
三成の言葉に男は顎に手をやり、考え込んだ様子の後にそう言い残すと暖簾を潜って奥に消えた。
今なら店から出れる。
思うのに足は主の三成の言うことを聞かず、根でも生えてしまったように固まりその場から動けない。
悪いこときっと起きない。
どこかで、三成はそう思えた。
それに、このままあの店員の男と別れるのは口惜しく感じたのだ。
男は言った通りにちょっとしてまた店に戻ってきた。
「手、出してもらえますか」
大人しく手を差し出すとちょん、と捻り閉じられた懐紙に包まれた何かを置いた。
意図が分からず小首を傾げているとさぁ、どうぞと男が促す。
男を伺いつつ、はらりと閉じ口を開くと三成の口からは感嘆の声が漏れた。
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