企廓書庫

□出逢い五月雨
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隙間から伺うと店員らしき人影は無く、きょろきょろしながら体を全て店の中に滑り込ませた。


店内は外観よりも広く感じる。

入って対面には現代の頑丈な厚いガラスとは違う、年代物の薄い硝子が嵌められたショーケース=と呼ぶにはあまりにレトロだが、三成には他に何と呼ぶか分からなかった為ショーケースとした=を見つけた。

店員がいない事に好奇心が湧き出て硝子の中を覗き込む。
中には大福や饅頭、この季節らしい柏餅などが列正しく並んでいる。

それでも棚には随分の余裕があった。

ここは和菓子屋で三成はこの店は老舗の名店なのだろうと結論づけた。
もう売れてしまって残っているのがこれだけなのだ。

屈んでいた体を起こすと大胆になってくる。
振り返ると入った直ぐ脇には三畳程の板の間があり、卓と長火鉢が据えられており火鉢には鉄瓶がかけられている。

多分あそこで買った菓子を食べたり、老人達が会話を楽しんだりするのかもと考えると酷く和んだ。


「いらっしゃい」


自分の世界に浸っていた三成にその声は霹靂にも等しかった。
びくりと肩が跳ね上がる。悲鳴が出なかったのが幸いだ。

ゆっくりと首を巡らせると男が一人立っていた。


“燻し銀”丁度鉄瓶のような黒は正に燻し銀の髪。

前髪はきっちりと後頭で縛られているが後ろ髪はたらりと垂れて不思議な髪形をしている。
青年とは呼べない年頃に見える男の長髪だが汚らしくはなく、よく似合っていると思った。

顔は精悍で、近寄り難い風貌に左目下の傷跡が更に拍車をかけている。


「何をお求めですか?」


笑むと男の雰囲気は随分と変わった。
ほっとすると同時に何を身構えることがあるのだろう、別に無賃飲食を企んでいたわけでもないのにと自分を心中で恥じる。


とはいえ目的があって店に入ったわけでもない。
かといって気軽に和菓子を買えない理由が三成にはあった。


本当に困っていると男が再び声をかけてきた。


「いつもは茶請けも置いているんですが、今日は老人会の茶会の予約が入っていましてね」


またも、柔らかな表情をして見せる男に、訳も分からぬ鼓動が一つ大きく鳴った。



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