企廓書庫

□出逢い五月雨
2ページ/6ページ



桜蕊降る皐月の始めの通り雨。


空は天色。降り注ぐ慈雨で匂い立つ若葉も、つまらぬコンクリートの道路さえもきらきらと砕いた玉を吹き散らしたように輝いている。


気まぐれな雨降りであちらこちらの軒先を借り肩を拭き、空を仰ぐ人々の中に三成もいた。

さっぱりとした色の空を苦々しげに睨む。



今朝のことである。
朝から快晴で雨など降りそうにもないというのに、出掛けに母がしつこく傘を持っていけと騒いでいたのだ。

兄と弟達は逆らわぬが吉と見たのかそそと折り畳み式の傘を鞄にしまったが、三成唯一人が抵抗してみせた。
後はもう、持っていけ、いかない。降る、降らない。と言い争い、半ば強引に持たされたがそう無理強いされると更に持っていきたくなるのが子の性だろう。

あたかも靴を履くときにでもうっかりして忘れたように三成は意図的に玄関の靴棚の上に傘を置いてきたのだ。


帰ってからの己を迎える母を想像するだけで頭が痛くなる。
普段朗らかな母は怒ると怖いの典型であった。


濡れた肩をハンカチで拭きながら、そういえばと改めて周りを見回す。
突然の雨にとりあえず一番近くのこの軒下に入り込んだのだが、よく見れば近代化が進んだ家や店の並びにここだけが、ぽつりと時代の波から取り残されたように木造瓦屋根だ。

最近は、昔ながらの木造建築が見直されて和風の家を見ることは少なくないがそれとは違う。

長い年月を染み込ませた木材の色合いにしろ、同じだけ支えてきた太い柱にしろ風格というものが現れて威厳さえも感じさせる。


掲げられた看板の「屋田武」の文字でなにやらの店であることがわかった。

店と住居が併合しているようで、潜り戸付きの竹垣からは藤の花が溢れたわわに房をつけていてるその様は、波打ち際でぶつかり砕けた仇波の名残のようだ。


通り雨に降られなければ通学に使う路から逸れたこんな店など気付かなかったであろう。
気付いたとしてもそのまま素通りしていた筈だ。

だが今は雨の格子に幽閉されて暇を持て余し気味。


三成は思いきって年若い者にはやや手をかけ辛い年期の入った戸をそろりと開けた。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ