企廓書庫

□唐獅子牡丹狂い舞い
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何故だか落ち着かない。
そわそわする様な、寂しい様な。
蓑から飛び出してしまった蓑虫の心境だと幸村、もとい三成は当ても無くぶらついていた。

ああ、左近がいないからだ。


一人納得した後に頬が熱くなる。
最初こそは他人の体とはいえ憧れていた男らしい体つきや、黒髪に嬉々として。
常に後ろに控える男の煩わしさも無く、羽目を外すとはこの事かと足取り軽く城中を散策していたが、やはり彼がいないとしっくりこない。


先程までの浮ついた気分も牽午花(あさがお)の様に萎んでしまった。


「戻るか…」


溜息混じりに向き直った、その時−…







「とにかく近隣の医学に精通した者に訪ねてみるしかありませんね」


部屋で大人しくしていてくれと言ったのだが、主は知らぬ顔で出ていってしまった。

では仕方ないと左近は残された、三成もとい幸村にそう言った。

「…本当に申し訳ありません」


「いえ、幸村殿だけの所為ではありませんよ。気になさらないで下さい」


「でも……」


相変わらず項垂れたままの幸村の頭に手を置き撫でてやる。
幸村の、きょとんとした顔で己がまずい事をしたと気付いた。

外見は三成でも中身は幸村なのだ。
いつもの調子で気安く頭など撫でてしまったが、親でも親戚でも無い大の男にそんな事されたら誰でも驚くだろうに。

慌てて手を引っ込め謝る。すると幸村は、


「…左近殿の手、父のようです」


とはにかんだ笑みを見せた。
左近は中身が幸村と知りつつ不覚にも鼓動が高鳴ってしまう。


「…これはまずいな…」


「?何か仰っしゃりましたか?」


「いえ、何でも…」


中身が変わると人は印象もこうまで変わるとは。
平素、凜として冴え返る月の風貌が、今は日だまりの如く柔和で穏やかなものに変わっている。

彼の方に見た目だけで惚れたわけではない。
…わけでは無いが滅多に拝めない屈託ない笑みや素直さにぐらりと来るのは男の性では無いか。
さて、理性が切れてしまう前に直す手立てを考えねば。

結局は裂けんばかりの鼓動もぐらつく理性も彼の方だから。
そう己に言い訳しながら墨を擦り始めた。




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