企廓書庫

□よしなに文
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【小夜譚をお一つ】


溜息を誘う慕情でも無い、夜が明けるのを指折り数えて待つ思慕でも無い。

そう、強く言い聞かせているのだ。

だから。
後生だ、思い知らせるのは止めてくれないか。


左近








間が悪いのは分かってはいたがこうも続くとほとほと己にうんざりする。


いつぞや勝ち戦の褒美として連れて行かれた廓の香りを漂わせ、微醺を帯びた風情の家臣につくんと胸が一つ高く鳴った。

幸か不幸か三成は内心が面に出にくい性。
今も内ではざばりざばりと仇波が高く漣るのに顔は月影の下、白磁の人形のように眉一つ動かさずに左近を一瞥する。

もう四日も続けて廓帰りの彼を見る。


「今夜もですか…殿は余程月見がお好きなようですね」


熱い酒気の込もった息を吐く左近を横目で見ながらもそっけない声音を返す。

「他に見る物など無いからな」

言うとにこぉと口角を三日月のように吊り上げ笑う。
幼げにも獣が笑うようにも見える笑みに毛筋が立つ感覚を覚えた。

−浮れ女にもあの様に笑って見せるのだろうか−

青褐の空に浮かぶ朧の月の如くぼんやりとそんな事を考える。
きゅううと胸が悲しげに鳴いた。

「それは良い」

小首を傾げて見せると清楚な月影に照らされても尚どこか苛烈な瞳は仇波を誘う。

「何でも知りたいものなんですよ、恋しい人の事はね」

「何を、馬鹿な」

「馬鹿ですかね?まぁ愚かではあると思いますがね」


仇波が波濤へと変わる。
巡る血は沸騰するようだ。

「恋しいですよ。殿」

「俺は…言えない」


身が蒲柳であるのに心まで弱ってしまっては己に何が出来ようか。

何より清廉な志を分かり合って同志として迎えた彼の前で揺らぐ浅ましい己など見せたくない。

−左近の隣に立っていたい−


「これはつれない」


「俺がつれないならお前は…意地が悪い」


三成の言葉に左近は苦く笑う。

清々とした月影に照らされても三成の顔は真っ赤に染まってるのが分かり、伏せた柔らかな睫毛が雨露に濡れる合歓の花のように儚げに湿り、左近の胸をちくりと小さな棘が刺した。




壱周年記念フリー文
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