企廓書庫
□よしなに文
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随分経った。
肉体から離れてから最初は風も、秋の花の香りも感じられた。
しかし最近は己の存在が確実に薄らいでいるのが解る。
本当は、あの
美しい湖のある友人と笑って、愛しい人と寄り添ったあの城へ帰りたいと思った。
だが、何となく戻ってはいけないと、幸せだったあの土地へ戻る資格は無いのだと気付けば最後の戦の土地で膝を抱えて座り込んだ。
見て来た。遺して来た者達を、
弟のように可愛がっていた赤がよく似合う彼はまだ諦めてはいなかった。
北の、兄のように大切な言葉を教えてくれた彼は、全てを諦めてしまっていた。
愛しい、何より愛しい彼は、いくら探しても見つからなかった。
それは幾らか己を安堵させ、また不安にさせた。
逝かねばならぬ。
もう自分は今世に関わる事は出来ないのだ。
来世まで短くも長い眠りに付かねばならない。
逝き先は解っている。
逝き方も知っている。
だけど逝けない。
膝を抱える腕に力を込め、俯く
心細い、
寂しい、
彼に、
会いたい、声が聞きたい、抱きしめられたい−…
伝えたい、
愛していると、
唇を噛み締める、
ざっ、と朧になった己に感じられる程の強い風が背後から吹いた、次いで聞き慣れた声が−
「殿、お待たせしました」
燻し銀の髪、
精悍だが笑むと酷く優しい顔、
待ち詫びた、待ち焦がれた愛しい人−
「あちこち探しました。」
あちこち、
彼は何時からこちら側にいたのだろうか。
風に髪が掠われる。
ずうっと意地っ張りで通したのだ。
生まれ変わるまで意地っ張りでも良いだろう。
驚いた顔から、複雑な
困った顔のように微笑みながら
「馬鹿者…くるのが早過ぎだ…」
涙が頬を伝う、
冷たい悲しみの涙ではない、暖かい真珠のような涙をはら、と一筋。
「貴方を独りにはさせられない」
まだ、
まだ間に合うだろうか、
抱き止めて貰えるだろうか。
愛していると
共に逝きたいと、
来世でも共に生きたいと
願っても良いだろうか−
◎梔子の花言葉
とても嬉しい、わたしは幸福。