その他

□遺した言の葉、伝える心
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「兄上、鍛練ですか?」


「ん?ああ、始めはな」


肩に刀を担ぐ、表になった背中には大きく切り裂かれた傷が引き攣れとなって痕を残している。


兄の笑顔は変わらず幼く陰りのない、日輪のような笑みだ。

あの討伐から半月は経った。

常人には僅かな間でも己達蜉蝣の命にとっては星霜とも言える。


「瓶覗きの良い空だ…鍛練などする気が失せるな?」


伸びをして見変える兄の顔は悪戯小僧のような笑みに変わっていて。

それに苦笑いを返すと、兄は刀を鞘にしまい、いそいそと脱いでいた着物を着直した。

あの時より随分大きくなったと思ったのに、兄の背中を見るとまだまだ小僧だという事を思い知らされる。


宿命を受け止め、誰よりもこの呪わしい一族を愛して身が滅ぼうとも血の為に揺るがぬ階(きざはし)とも道標ともなろうとする大きな背中。






多分、己はこうはなれないだろう。

こんな事を言えば当たり前だと兄は笑い飛ばすだろう。


兄は兄、己は己。


ただ、できれば



「まぁ、鍛練に励んでいるかと思って見に来てみれば」


襖の開く音で振り返れば、困り顔で笑う姉が湯気を燻らす湯呑みを盆に乗せていた。


「なぁに、今終わった所だ。な?春永」


「本当かしら。春永は男の子ですからね、いつも兄上様の味方なのだから」


「何言ってんだ、夕焔。こいつは男子(おのこ)より女子(おなご)に優しいんだぞ。こないだだって色文袖に投げ込まれてー…」


「ま!そんな話し知らなかった」


「嘘ですよ、姉上」


他愛もないじゃれ合うような会話に誘われ笑い声が如月の空に舞う。








「ん?…見ろ、春永、夕焔。」


「はい」


「なんでしょう」










「白梅が綻んでいる」



まだ花が咲くには寒かろに、いじらしく咲く様はあの方の面影を滲ませて。

鬼などでは無く、花になって再び己の姿を覗きに来たかと


−この方達が最期に弱さを遺して逝けるような、そんな男に−


そう、こそりと誓えば頷くように梅が枝は東風に揺れた。





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